アプリケーションノート

ポリ乳酸の圧電性を応用した新しいセンサデバイスの開発

ジェスチャー認識によるタッチパネルを採用したスマートフォンやタブレットPCの需要はすさまじい勢いで拡大しています。差別化を求めてセットメーカーからは新しいヒューマンマシンインターフェース (HMI) の要望が高まっています。圧電性有機フィルムは柔軟でありさまざまなアクションに対して信号を発生させることができるため、新しいHMIとしての応用が期待されています。ムラタは非焦電性*1の圧電高分子であるポリ乳酸を用い、そのずり圧電性を利用してユニークなセンサを開発しました。

ポリ乳酸とは

ポリ乳酸 (PLA=Poly Lactic Acid) は、汎用の石油由来プラスチックに匹敵する強度、成型性を持つ"生分解性高分子*2"のひとつとして1995年頃から注目され始め、現在では環境にやさしい高分子として広く認知されるようになりました。他の生分解性樹脂に無い高い透明性を持ち、その光線透過率はアクリルの93%をもしのぐほどです。身近なものではスーパーマーケットなどで見かける卵パックやトマトケースの一部にこのPLAが使われているものがあります。一般的には環境対応高分子として利用される安価な植物性高分子としてのPLAですが、ムラタはこの高分子の圧電性に着目しました。

ポリ乳酸の圧電性

乳酸モノマーはキラリティ*3 (対掌性) を有し、分子構造同士が重ね合わせることのできない鏡像異性体を持ちます。このような異性体をL体、D体と呼び、L体が重合したものをL型ポリ乳酸 (PLLA) 、D体が重合したものをD型ポリ乳酸 (PDLA) と呼びます。前者は左巻き螺旋、後者は右巻き螺旋構造の高分子となります (図1) 。

Fig. 1 Molecular structure of PLLA

図1: PLLA分子構造

これらのポリ乳酸 (ここではPLLA) からなるフィルムを一軸延伸して分子を配向すれば圧電性が発現することが知られています。ムラタは関西大学、三井化学株式会社と共同でセンシングに十分な圧電特性を持つPLLAフィルムの安定的な作製に成功しました。

圧電性は分子内にあるC=O等の永久双極子を発生する分子群が、外部からの電場の影響を受けてわずかにその位置を変えることにより発現します。配向させた分子高次構造の特徴で圧電性を発現するPLLAは、分極処理も不要であり、圧電定数の経年的劣化もほとんどありません。

変位センサとしての応用

PLLAの圧電定数 (圧電d定数) は7~12pC/N程度で、PZTなどと比較すると非常に小さいですが、PLLAは比誘電率が約2.5と非常に低いため、圧電出力定数 (=圧電g定数、g=d/εT ) が大きな値となり、センシング感度は高いことになります。圧電出力定数で比較すると、圧電定数がPLLAの4倍以上あるポリフッ化ビニリデン (PVDF) とほぼ同等です。圧電性を発現したPLLAに電場を印加すると、ずり圧電 (d14 ) の逆圧電効果により図2のようなユニークな変形を生じます。"Drawing direction"とはフィルムの延伸方向であって、螺旋分子は大まかにはこの方向を向いて並んでいます。点線で示されているのが元の形状であり、このフィルムに対して紙面奥から手前に向かう電場を印加すると、実線で示すような変形を生じます (誇張表現) 。

Fig. 2 Deformation by shear piezoelectricity

図2: ずり圧電による動作

図3はフィルムの分子配向を異ならせた場合の逆圧電効果による変形の違いを、シミュレーションにより示したものです。フィルムAは元のフィルムから分子の配向方向に対して45°の角度に短冊状に切り出したもの、フィルムBは分子の配向方向に沿って短冊状に切り出したもので、それぞれをPETフィルムに貼り付け、短辺の一端を固定してカンチレバー状にしたものです。電場はそれぞれのフィルムの主面に形成された電極に電圧をかけることによって印加されています。フィルムAでは曲げの変形が生じ、フィルムBではねじれの変形が生じていることがわかります。この現象を逆に考えると、フィルムAでは曲げを、フィルムBではねじれを検出するセンサにできます。

元のフィルムからのカット角を変えるだけで、このように動作モードを変えられるのがずり圧電のひとつの大きな特徴です。これらのセンサは、重ねて形成しても各々の検出役割に準ずる変形しか検出しません。つまり曲げ検知用のセンサにねじれの変形が加わった場合には、電極面内に発生する電荷分布が等価的にキャンセルされ、ほとんど電荷を生じず、ねじれ検知用のセンサに曲げの変形が加わった場合も同様です。

Fig. 3 Cut angle and sensing mode Film A

フィルムA

Fig. 3 Cut angle and sensing mode Film B

フィルムB

図3: カット角と動作モード

特徴を生かした応用デバイスの提案

リーフグリップリモコン

リーフグリップリモコン (図4) は、曲げやねじりの単純な動作により、TVをリモートコントロールできるものです。中央のプレート部分はアクリル板の2層構造となっており、一方のプレートには曲げ検知用の圧電フィルム、他方にはねじれ検知用の圧電フィルムを貼り付けています。2層のプレートの隙間には、フレキシブルな光発電デバイス (色素増感電池) フィルムを挿入しています (図5) 。

圧電フィルムは透明度が高いため、光電池の発電効率を落とすことがありません。両側のグリップ部分には二次電池、電源回路、送信回路、センサ回路が埋め込まれています。光電池は光がある環境では常に発電し、その電力を二次電池に蓄えているため、電池交換は不要です。

このリモコンでは以下のような操作ができます。

  • 軽く振る: 電源のON、OFF
  • ねじる: チャンネルのアップダウン
  • 曲げる: ボリュームのアップダウン
  • 素早く2回ねじる: 入力の切替

このように手元を見ることなく、直感的な操作でTVをコントロールできるため、従来のボタン式リモコンとはまったく違う、新しい操作感覚を体験することができます。また、例えば高齢者にとっては都度眼鏡をかけ、手元を見てボタン操作を行うような煩わしさから解放されます。

Fig. 4 External view of the Leaf Grip Remote Controller

図4: リーフグリップリモコン外観

Fig. 5 Cross-sectional view of the Leaf Grip Remote Controller

図5: リーフグリップリモコン断面図

タッチプレッシャーパッド

タッチプレッシャーパッド (図6) は、従来の静電容量型のタッチパネルに押圧力検知を加え、XYZの3軸検知を実現したものです。曲げ検知用圧電フィルムの両面に、従来の静電容量方式の位置検知用電極に加え、押圧力による電圧の発生を検知する電極を複合して形成することで、押圧力が加わったときわずかにタッチパネル自体がたわむことを検知します (図7) 。

PVDFでは焦電性があるために指で触れただけで温度が変わり、電圧が発生してしまい、押圧力を正確に検知することができませんでしたが、PLLAでは焦電性がないために正確に押圧力のみを検知することが可能となりました。単に従来のタッチパッドに歪みセンサなどの他のセンサを付加して押圧力を検知できるようにしたものではなく、タッチパネルそのものが押圧力を検知できるため、構造を非常に単純化できるというメリットを持ちます。電極を透明にしたタッチパネルへの応用に際しては、PLLAは極めて透明度が高いことも大きなメリットのひとつです。

Fig. 6 External view of a touch pressure pad

図6: タッチプレッシャーパッド外観

Fig. 7 Sensing principle of a touch pressure pad

図7: タッチプレッシャーパッド検知原理

おわりに

変位センサとしての応用では、曲げ、ねじれの変位量によって発生する電圧の大きさが変動するため、直感的なコントロールが要求されるゲーム機器や介護機器の操作などへの応用が期待できます。近年は未来型携帯電話としてキネティックコントロールも提唱され始めており、タッチプレッシャーパッドの技術を応用すれば、タッチパネル自体が、曲げ、ねじれ動作を検知することも可能となります。このタッチパネルは、従来通りジェスチャー認識機能も有しており、さらに一歩進んだ直感的なHMIの実現が可能です。このように手指でコントロールする機器には、温度による誤検知を防ぐため、非焦電性であることが求められ、この点においてもPLLAは非常に優れた材料であるといえます。今後もさまざまな場面での用途を探索し、人とマシンをやさしくつなぐセンサ商品群の一助となれるよう開発を進めていきたいと考えています。

用語解説

*1 焦電性:

温度変化によって誘電体の分極 (表面電荷) が変化する現象をいう。

*2 生分解性高分子:

微生物により分解される高分子である。PLLAは土中の加水分解細菌により完全に水と二酸化炭素に分解されるが、空気中では極めて安定な材料である。

*3 キラリティ:

3次元の図形や物体、あるいは現象が、それ自身の鏡像と重ね合わすことができない性質。