アプリケーションノート

エネルギーハーベスティングとワイヤレスセンサネットワーク

近年、エネルギーハーベスティングという言葉がよく聞かれるようになりましたが、私たちの身の回りから得られるエネルギー量はそれほど大きなものではありません。実際に実験してみても、1mW以下のエネルギーを対象にしている事例がほとんどです。このような小さなエネルギーで動作するものは限られるのですが、ワイヤレスセンサネットワーク (WSN) のエネルギー源として使うと、これまでのWSNの弱点を補うことができそうなこともわかってきました。ここでは、ムラタの取り組みについてご紹介します。

エネルギーハーベスティングとは

エネルギーハーベスティングとは、私たちの身の回りにあるエネルギーを集めて電気に変換し、小さな機器を動作させるまでの一連の流れを指しています。燃料を使えばたくさん発電できることはわかっていますが、そのような発電は対象にしていません。また、人間が作業をするような場合でも、意識して発電するというようなものは対象にしません。"無意識"というキーワードを大切にしています。

エネルギーをたくさん回収するために、元のエネルギー源に大きな負荷をかけてしまうと一体どこからエネルギーを取り出しているのかよくわからなくなるようなことも起こり得ますので、常にどこからエネルギーが来ているのか注意する必要があります。はっきり言って、エネルギーハーベスティングで大きな電力を取り出すことは不可能だと思います。たくさん取り出そうとすれば機器が大きくなりすぎたり、コストが高くついたりしてあまり現実味のないものが出来上がってしまいます。

ですから動作させる機器の消費電力も減らし、小さなエネルギーを"有効活用"することによって初めて成り立つものだと考えています。

Small amounts of energy around us converted to electric energy operating devices

身の回りにあるエネルギー

身の回りにあるエネルギーを並べてみると、図2のようになります。エネルギーの単位はジュール[J]で、1Jは1W秒です。こうして並べてみると実際に身の回りにあるエネルギーがどれほど小さいかがわかると思います。また、使いたい機器のエネルギーがどれだけ大きいかも理解できると思います。エネルギーハーベスティングで携帯電話のバッテリーに充電できないかという質問がよくあります。

しかし、図2右を見てもらえれば、なかなか難しいことを理解してもらえると思います。また、人間が頑張って発電して家庭の電気を賄えないかというような質問もよくあるのですが、1日の食事量から考えても人体が生み出すエネルギーはそれほど大きくありません。しかも4分の3は基礎代謝ですから、結局発電できる量はそれほど大きくありません。実際のところ、"無意識"で発電できる量は1mJ以下になってしまいます。これを"有効活用"することこそが、エネルギーハーベスティングで最も重要なことだと考えています。

Fig. 2 Energy comparison

図2: エネルギーの比較

エネルギーハーベスティングデバイス

ムラタの技術を使うと、いろいろなハーベスティングデバイスを実現することができます。今取り組んでいるデバイスの原理と特徴について説明します。

圧電体を使って力を電気に変換 (図3)

圧電体に力を加えると、圧電体の歪み量に応じて電気が発生します。これを取り出して機器を動作させます。圧電体に応力をかけやすくするため、通常は薄い圧電体を金属板と貼り合わせて使います。比較的簡単な構造で実現することができます。

Fig. 3 Converting a force into electricity with a piezoelectric material

図3: 圧電体を使って力を電気に変換

圧電体を使って振動を電気に変換

圧電体を板状にし、おもりと組み合わせることで、共振を起こさせることができます。エネルギー源となる振動体の振動周波数と圧電体の共振周波数を合わせてやると振動体のエネルギーを圧電体に移動させることができます。おもりと圧電振動板の組み合わせで周波数を数Hz~数kHzまで広い範囲で設計することが可能です。

エレクトレット材料を使って振動を電気に変換 (図4)

エレクトレット材料とはマイナスの電荷を長時間蓄えておくことのできる材料です。その近傍に電極を持ってくると電極にはプラスの電荷が誘起され、電極が離れると電荷が逃げていくので、その2つの状態を交互に発生させることで、交流の電気を取り出すことができます。薄型のデバイスを作ることができます。

Fig. 4 Converting vibration into electricity with an electret material

図4: エレクトレット材料を使って振動を電気に変換

熱電素子を使って温度差を電気に変換 (図5)

半導体に温度差を与えると、ゼーベック効果により半導体の内部にはホール (もしくは電子) の密度差が発生します。P型半導体とN型半導体を接続することにより、電気を得ることができます。

ただし、1組のPN対では電圧が低く実用に供さないため、通常は数十個直列接続することになります。ムラタではこの直列接続を実現させるために積層コンデンサと同じような構造を作り、1素子に50個のPN対を形成した素子を開発しました。

Fig. 5 Converting temperature difference into electricity with a thermoelectric element

図5: 熱電素子を使って温度差を電気に変換

色素を使って光を電気に変換 (図6)

色素の酸化還元反応を利用して電気を発生させています。具体的には光が当たると、多孔質な酸化物半導体膜に吸着させた色素が励起状態になり電子を放出します。放出した電子は陽極に流れ、電解質を介して色素に戻されます。このサイクルにより発電する仕組みです。

多孔質半導体膜として通常TiO2を使いますが、高温での焼成が必要となります。ムラタではこの多孔質膜に、低温で形成できるZnOを使うことで、薄型・軽量で割れにくい樹脂基板を用いた光電池デバイスを開発しました。

Fig. 6 Converting light into electricity with dye

図6: 色素を使って光を電気に変換

センサネットワークシステム

センサネットワークシステムのノードはセンサとマイクロプロセッサそしてRFモジュールで構成されています (図7) 。エネルギーハーベスティングで得られるエネルギー量が小さいため、負荷側ではできるだけエネルギーを有効活用する必要があります。

できるだけ機能を絞り込み、極力小さなエネルギーで動作するシステムを作ることを考えなければなりません。少ない電力で動作するセンサやマイクロコントローラについて調べてみると100µWが一つの目安になりそうです。
ムラタではEnOcean®モジュールを採用し、エネルギーハーベスティングによって得られたエネルギーを活用するワイヤレスセンサーノードを開発しました (図8) 。

Fig.7 Sensor Network System

図7: センサネットワークシステム

これまでのワイヤレスセンサネットワークシステムの課題は電池交換でした。エネルギーハーベスティングを使うと、エネルギー量は限られますので、機能を絞り込む必要がありますが、電池管理の問題は解決できるかもしれません。

概略仕様

チップセット EnOcean®E3000I (Dolphin)
サイズ: 13.0×8.0×2.1mm Max
周波数: 315.0 or 868.3MHz
変調方式: ASK
データレート: 125Kbps Max
送信出力: -2 to +6 dBm
受信感度: -98dBm (315MHz)
-96dBm (868MHz)
内蔵CPU: 16MHz 8051 CPU (32KB Flash/2KB SRAM)
対応I/F: UART/SPI
Analog (10bit ADC)
プロトコル: EnOcean社 独自仕様
Fig. 8 Wireless sensor network systems

図8: ワイヤレスセンサーノード

さいごに

CEATEC JAPAN 2011では、開発したデモ機をご覧いただきました (図9) 。ようやく、エネルギーハーベスティングとセンサネットワークの組み合わせを実現することができたという段階で、考えるべきことは、まだまだたくさんあります。皆さんに使っていただけるようなシステムを早く作り上げることができるよう今後も開発を進めていきます。

Fig. 9 Energy harvesting demonstration units

図9: 開発したデモ機