一つの技術が確立し、商品化されたそのとき、ワイヤレス電力伝送の分野でも革新が起きる
石野 聡/Satoshi Ishino
技術・事業開発本部
新規事業推進統括部
統括部長
1983年入社。複合事業部でトリマーコンデンサや可変抵抗器の技術を担当、1987年~1995年アメリカに駐在。
1995年~2008年多層商品および高周波モジュールを担当、2008年より現職場にて新規事業の創出に携わる。
趣味は景色のよいところの散歩や伝統文化エリアの散策。
携帯電話やスマートフォン、タブレット端末の利便性を考えたとき、ワイヤレス給電という仕組みが浮かび上がってきた。
バッテリーという充電を余儀なくされている装置に電力を伝送する。
エネルギーを移行させるという技術は、ムラタにとっても新しいジャンル。
技術陣が一つのモジュールを作り、商品化された。
商品化され一般市場に躍り出たワイヤレス電力伝送モジュール
エネルギー関連事業の一環として、ワイヤレスで給電できるモジュールの開発を行ってきた。ムラタの「ワイヤレス電力電送モジュール」は、携帯電話やタブレット端末の充電を非接続で行うもので、一定の場所に置くだけで給電が始まる。
特長は機器に組み込みやすく、給電エリアが広い、そしてワイヤレス電力伝送部の発熱が少ないこと。かねてより商品化を目指していたが、ムラタが提供したモジュールで、日立マクセル株式会社から「エアボルテージ for iPad2」の名称で2011年11月に発売された。
ワイヤレス電力伝送モジュールは、さまざまな機器に応用でき、家庭やオフィス、公共の場などで利便性の高い充電環境を提供する。
さまざまな方式の検討から始まった非接続での給電方式
ワイヤレス電力電送には主に3つの方式がある。
1つ目は「電磁誘導方式」で、送電側と受電側との間で誘導磁束を利用して電力を送る方式。送電側に埋め込まれたコイルに電流を流すと磁束が生じ、受電側のコイルにも電流が流れる。問題は送受電のコイルの位置が合わないと給電効率が落ちること。コイルを巻くために送受電ともにモジュールが大きくなりやすいこと。ムラタも過去から研究してきた手法で、非接続の電力送電では比較的古くから利用されている。
2つ目が今回採用した「電界結合方式」。送電側と受電側に電極を設置し、電極が近接したときに発生する電界を利用してエネルギーを伝送する技術。電磁誘導に比べて伝送効率が高く、充電台と端末の電極をぴったり合わせなくても充電可能で、一つの充電台に対して複数の機器を対応させることも可能。ムラタが協力企業とのコラボレーションで開発したもので、特許権も取得している。
3つ目は「磁界共鳴式」で、半導体主導の仕組み。さらに、一部では「電波方式」というアンテナで受信した電波を電力として取り出す方式もある。これについては、ムラタとしての強みが生かされないことで開発は保留された。
まだまだ改善していかなければならない技術、商品化で開発は終わったのではなく、始まったばかりだ
高まるニーズに応え、独自の電界結合方式へ切り替え
着手は電磁誘導方式が早く、開発は進んだ。スマートフォンに対する充電システムとして発売も目前に迫ったとき、海外メーカーから3台同時に充電できる新製品が公表された。しかも、かなりの低価格で、競合に先を越されてしまった。同じ頃、ワイヤレスパワーコンソーシアム (WPC) という組織が結成され、電磁誘導方式の標準化が図られている。ソフトや制御のノウハウをオープンにして、ワイヤレス給電の普及を促進するのが狙いだ。技術を公表し、各社が競合する中で進むのか、違う道を選ぶのか。検討の結果、電磁誘導方式の開発を断念し、独自の技術として確立しつつあった電界結合方式へと切り替えた。体制を強化するために社内公募制度を使い、チームを8名に増員して開発を進めた。
CEATEC JAPANでは大きな人気を集め、ワイヤレス給電の関心の高さをうかがわせた。いよいよモジュールが完成し、商品化のパートナーも日立マクセル株式会社と決まった。問題は価格だった。市場想定価格は15,000円、充電という機能にユーザーが価値を認めるのだろうか。大きな課題を抱えながらも発売され、市場では一定の評価を得た。しかし、技術者として、開発は始まったばかりと感じている。改良の余地はまだまだある。
小型化によって低価格化を実現、市場が一気に大きく広がる可能性
電界結合方式は、その仕組みから小型化、薄型化が容易だと考えられている。小型化はムラタの得意とする技術で、小さくなるということは低価格化に直結する。同時に急速充電やおサイフケータイ®などの付加機能を加えれば、普及に弾みがつくのではないか。電界結合方式はムラタ独自の技術であり、競合他社はいない。何かブレイクスルーするポイントがあれば、一気に普及する可能性があると感じている。
価格が下がれば、ワイヤレス給電の市場は大きく広がる。家庭やオフィス、あるいは店舗で、適当に置くだけで充電できるというニーズは高い。応用展開として、車のコンソールボックスに内蔵すれば、そこに携帯電話を置くだけで走行中に充電できる。トランスや電源を強化すれば、電気自動車 (EV) などの充電にも使える。電磁誘導方式と違い、位置合わせをしなくても給電する点は大きなメリットになるはずだ。一般の関心が高い商品だけに、普及すれば大きな市場が形成される。そのためには、技術開発を急ぎたい。
ワイヤレス市場
ユビキタス志向が強まる中、ワイヤレス関連市場が急成長を遂げると予想されている。
電源コードなしに電力を供給するワイヤレス給電技術もその一つ。
これまでは電動歯ブラシやコードレス電話など、限定的な用途にとどまっていたが、2011年夏に対応するスマートフォンが登場し、注目を集めた。今後は電気自動車への搭載も期待されており、巨大市場が立ち上がる可能性がある。
ワイヤレス電力伝送モジュール
10Wの電力を供給できる給電モジュール。
充電のワイヤレス化が実現できる。ムラタの電界結合方式は、送電側のアクティブ電極・パッシブ電極、および受電側のアクティブ電極・パッシブ電極で構成される2組の非対称ダイポールを垂直方向に配置。2組の非対称ダイポールの結合により発生する誘導電界を利用して電力を伝送する。位置自由度が高く、高効率なワイヤレス電力伝送が可能。
(特許No: PCT/FR2006/000614)