論文紹介

光学用透明セラミックスの研究開発

金高 祐仁

原論文 光学用透明セラミックスの研究開発
参考文

  1. Y. Kintaka, S. Kuretake, N. Tanaka, K. Kageyama, and H. Takagi, “Crystal Structures and Optical Properties of Transparent Ceramics Based on Complex Perovskite Ba(M4+,B12+,B25+)O3(M4+ = Ti, Sn, Zr, Hf; B12+ = Mg, Zn; B25+ = Ta, Nb),” J. Am. Ceram. Soc., 93, 1114-9 (2010).
  2. Y. Kintaka, S. Kuretake, T. Hayashi, N. Tanaka, A. Ando, and H. Takagi, “Crystal Structures and Optical Properties of Transparent Ceramics Based on LaAlO3-Sr(Al,Ta)O3 Solid Solution,” J. Am. Ceram. Soc., 94, 4399-403 (2011).
  3. Y. Kintaka, T. Hayashi, A. Honda, M. Yoshimura, S. Kuretake, N. Tanaka, A. Ando, and H. Takagi, “Abnormal Partial Dispersion in Pyrochlore Lanthanum Zirconate Transparent Ceramics,” J. Am. Ceram. Soc., 95, 2899-905 (2012).

発表媒体: フルラス・岡崎記念会 2013年度フルラス賞受賞講演

当社でミリ波用誘電体基板のポアレス化を目的とした材料・プロセス技術の検討を行う中で、Ba (Mg, Ta) O3系ペロブスカイト材料にて透明なセラミックスを得ることができた。さらにこの材料の屈折率を測定したところ、一般的な光学ガラスよりも高い値を有していることがわかった。レンズとしての応用を考えた場合、高い屈折率によって焦点距離の短縮が可能になり、光学系の小型化が可能になる。一方、屈折率の波長依存性 (分散性) は色収差*1補正による画質の向上を実現するうえで重要な特性値である。透明なセラミックスをレンズとして活用する試みはこれまでになく、セラミックスにおける屈折率や分散性の設計指針がなかった。そこでBa (Mg, Ta) O3系を基に屈折率と分散性の設計指針を調べ、種々の屈折率や分散性を有する新しい材料を生み出すことを目的とした。

Ba(Mg,Ta)O3系透明セラミックス

Ba (Mg, Ta) O3はペロブスカイト構造におけるBサイトを2価のMgイオンと5価のTaイオンが占める材料である。この材料ではBサイトの価数差が大きいためにMgとTaは規則配列してしまい、結晶系としては六方晶になってしまう。六方晶では結晶方位によって屈折率が異なるために粒界で光の散乱が起こりやすく、多結晶のセラミックスで透明体を得るには不利である。Ba (Mg, Ta) O3はBサイトに4価の陽イオンを置換することで価数差が緩和され、Bサイトの陽イオン配列がランダムになって結晶系が立方晶に変化するといわれている (図1) 。立方晶では屈折率の結晶方位依存性はないため、透明セラミックスを得るうえで望ましい。実際にミリ波用誘電体基板のポアレス化により透明になった材料はBa (Sn, Zr, Mg, Ta) O3であり、Bサイトを4価のSnイオンとZrイオンで置換した材料であった。そこでBa (Mg, Ta) O3のBサイト置換元素を、MgやTaとイオン半径の近い4価イオンになるTi、Sn、Zr、Hfとし、これらの置換量と光学特性の関係を調べた。置換量と結晶構造の関係を調べたところ、いずれの置換元素においてもBサイトの16mol%以上の置換で結晶構造が立方晶に変化することがわかった。また、得られた焼結体の透過率は結晶構造の変化と対応しており、4価イオン種を16mol%以上置換することで透過率が向上していた。図2にBサイトを4価イオンで置換したBa (M, Mg, Ta) O3系透明セラミックスの屈折率と分散特性を示した。ここで、分散特性はアッベ数νdで示した。アッベ数は可視光域の3つの波長における屈折率値から計算される値であり、アッベ数が大きいほど屈折率の波長依存性が小さいことを表わす。図2より屈折率は置換元素種によって変化の仕方が異なり、特にTiで置換した場合に大きく増加することがわかる。また、アッベ数もTiで置換した場合に大きく減少することがわかる。

可視光域における屈折率は電子分極により決定される。光学ガラスの開発では、屈折率の実測値とGladstone-Daleの経験式 (式 (1) ) がよく一致するといわれている。

式 (1): n−1=ρΣfiki

図1: Ba (Mg, Ta) O3の結晶構造と4価イオンMでBサイトを置換したBa (M, Mg, Ta) O3の結晶構造

図1: Ba (Mg, Ta) O3の結晶構造と4価イオンMでBサイトを置換したBa (M, Mg, Ta) O3の結晶構造

図2: Ba (M, Mg, Ta) O3系透明セラミックスの屈折率 (左図) とアッベ数 (右図)

図2: Ba (M, Mg, Ta) O3系透明セラミックスの屈折率 (左図) とアッベ数 (右図)

ここでρは材料の密度は、fi材料を構成する成分の重量分率、kiはその成分の比屈折能 (電子分極の大きさに関わる経験的なパラメーター) である。Ba (M, Mg, Ta) O3系透明セラミックスの実測値はこの式を用いた計算値と±3%の精度で一致し、この経験式が透明セラミックスにおいても有用であることがわかった。また、この経験式によると分子量mと比屈折能kの積が大きな酸化物を用いると屈折率が大きくなると予想できる。本材料系に関わる各酸化物の分子量と比屈折能を表1に示した。Ba (Mg, Ta) O3のBサイトはMgOとTaO2.5から成るが、これらの比率から加重平均でBサイトのmk積を算出すると24.786である。一方、TiO2のmk積はこの値よりも大きく、SnO2のmk積は小さな値になっている。屈折率の実測値の傾向とmk積の大小関係がおおよそ一致していることから、mk積は屈折率の制御に有効な指標であるといえる。

表1: 各酸化物の分子量mと比屈折能k、mk積

表1: 各酸化物の分子量mと比屈折能k、mk積

光の吸収は電子が光エネルギーを吸収して高エネルギーの軌道に励起されることで起こり、セラミックスのような結晶材料ではバンドギャップによる光吸収が可視光~紫外光域で起こる。光が吸収する波長付近で屈折率は急激に上昇するため、可視光域での屈折率の変化を小さくするにはバンドギャップによる光吸収が可視光から遠く離れた波長域で起こればよいと考えられる。すなわち、バンドギャップと可視光域での分散性は相関があり、バンドギャップが大きい材料ほど分散が小さく、逆にバンドギャップが小さい材料ほど分散が大きいと予想できる。図2で見られたようにBサイトをTiで置換した組成はアッベ数が小さく (分散が大きく) なっていた。透過率の波長依存性の測定結果によるとTiで置換することで吸収端が長波長側にシフトすることが確認できた。これはバンドギャップが小さくなったことを意味しており、バンドギャップと分散特性の関係が上記の予想と一致するものであった。

Ba (Mg, Ta) O3のBサイトをTiで置換することで高屈折率、低アッベ数の材料を得ることができたが、この材料は茶色に着色していた。この茶色着色は焼成中に生成した格子欠陥に起因する色中心*2が原因と考えられ、AサイトのCa置換とA/Bサイト比の調整により色中心の抑制が可能であることがわかった。図3の左側がCa置換を行っていないBa (Ti, Mg, Ta) O3焼結体であり、同じく右側がCa置換とA/Bサイト比を調整した (Ba, Ca) (Ti, Mg, Ta) O3焼結体である。組成調整により茶色着色が抑制できたことがわかる。なお、図3の右側に示された (Ba, Ca) (Ti, Mg, Ta) O3透明セラミックスの屈折率はnd=2.14、アッベ数はνd=24.0である。ミリ波用誘電体基板の透明化により得られたBa (Sn, Zr, Mg, Ta) O3透明セラミックスはnd=2.08、νd=30.3であったため、これよりも高屈折率、低アッベ数の透明セラミックスが得られたことになる。

図3: Ba (Ti, Mg, Ta) O3セラミックス (左側) と (Ba, Ca) (Ti, Mg, Ta) O3セラミックス (右側) の外観

図3: Ba (Ti, Mg, Ta) O3セラミックス (左側) と (Ba, Ca) (Ti, Mg, Ta) O3セラミックス (右側) の外観

LaAlO3-Sr (Al, Ta) O3系透明セラミックス

デジタルカメラやビデオカメラなどの撮像系のレンズは色のにじみや像のぼけを補正するために屈折率や分散特性の異なるレンズ材料を複数枚使用する。そのため、 (Ba, Ca) (Ti, Mg, Ta) O3透明セラミックスのような低アッベ数の材料が必要とされる一方で、高アッベ数の材料も必要とされる。そこで高屈折率かつ高アッベ数の材料を開発することにし、材料系としてはLaAlO3系に着目した。LaAlO3のバンドギャップは5.6eVであり、Ba (Sn, Zr, Mg, Ta) O3の吸収端から計算されたバンドギャップ (4.4eV) よりも大きな値であるため、高いアッベ数が期待できる。また、Gladstone-Daleの式によるとLaAlO3の屈折率は2.06であり、高屈折率も期待できる。ただしLaAlO3自体は結晶構造が菱面体であるため、そのままでは多結晶体で高い透過率が望めない。LaAlO3系で立方晶の材料として、LaAlO3とSr (Al, Ta) O3の固溶体が知られている。組成は0.25LaAlO3-0.75Sr (Al, Ta) O3で、薄膜形成用の単結晶基板材料として使われているが、この固溶体系について多結晶セラミックスの報告はなかった。そこで本固溶体系にて幅広い組成比でセラミックスを作製し、その結晶構造と光学特性を調べた。種々の組成比のLaAlO3-Sr (Al, Ta) O3系固溶体セラミックスの透過率について測定した結果を図4に示す。X線回折でSr (Al, Ta) O3を40mol%以上固溶させた場合に結晶系が立方晶になることがわかったが、透過率の結果でも立方晶の組成 (図4中のx=0.4以上) にて高い透過率を示すことが明らかである。屈折率とアッベ数の測定値は端組成のLaAlO3 (x=0.0) で nd=2.06、νd=42.8、Sr (Al, Ta) O3 (x=1.0) でnd=2.01、νd=34.3が得られ、Sr (Al, Ta) O3の固溶量 (x値) の増加とともにnd、νdとも単調に低下することがわかった。 (1-x) LaAlO3-xSr (Al, Ta) O3固溶体における透過率の高い組成の屈折率とアッベ数は、たとえばx=0.5にてnd=2.04、νd=37.8であった。

このようにLaAlO3-Sr (Al, Ta) O3系固溶体にて高屈折率、高アッベ数の透明セラミックスを得ることが可能であった。ここで、当社で開発した各種透明セラミックス材料の屈折率とアッベ数を光学ガラス材料の値と比較した図を図5に示す。光学ガラス材料には各種組成のものがあるが、その屈折率とアッベ数は図5中で帯状に分布している。当社の透明セラミックスはそれら光学ガラスの集団から外れた特性値を有していることがわかる。

図4: (1-x) LaAlO3-xSr (Al, Ta) O3系固溶体セラミックスの組成比と透過 率の関係。測定試料の厚みを変えたデータを示してある。

図4: (1-x) LaAlO3-xSr (Al, Ta) O3系固溶体セラミックスの組成比と透過 率の関係。測定試料の厚みを変えたデータを示してある。

図5: 各種材料の屈折率とアッベ数

図5: 各種材料の屈折率とアッベ数
●: 光学ガラス材料、
○: 0.5LaAlO3-0.5Sr (Al, Ta) O3
△: Ba (Sn, Zr, Mg, Ta) O3
□: (Ba, Ca) (Ti, Mg, Ta) O3

La2Zr2O7透明セラミックス

上記の透明セラミックスはいずれもペロブスカイト構造を有するものであったが、パイロクロア構造を有するLa2Zr2O7についても透明セラミックスの作製を行った。La2Zr2O7はもともと立方晶系に属する結晶構造を有しているため、作製プロセスの最適化のみで透明な焼結体を得ることが可能であった。屈折率とアッベ数はそれぞれnd=2.09、νd=32.5であり、Ba (Sn, Zr, Mg, Ta) O3系に近い値であったが、この材料の特徴的なところは異常部分分散特性を有することである。図6に各種材料の部分分散比*3Pg,Fとアッベ数の関係を示す。代表的な2つのガラス材料の特性を結んだ直線を標準線と呼び、この標準線から大きく外れた特性を有する材料を異常部分分散性の大きい材料であると呼ぶ。また、標準線よりも低いPg,F値を有する場合を負の異常部分分散性を有するという。図6よりLa2Zr2O7が負の異常部分分散性が大きい材料であることがわかる。νd=30前後でこのように負の異常部分分散性が大きい材料は他にない。異常部分分散性が大きい材料を光学系に用いることでより高度な色収差補正が可能であり、高倍率ズームレンズや望遠鏡、顕微鏡などといった用途に有用である。なお、このLa2Zr2O7の異常部分分散性はその電子構造に由来すると考えている。

図6: 各種材料の部分分散比とアッベ数

図6: 各種材料の部分分散比とアッベ数
LZO: La2Zr2O7
LAO-SAT: 0.5LaAlO3-0.5Sr(Al,Ta)O3,
BZMT: Ba(Zr,Mg,Ta)O3

おわり

透明セラミックスの特長のひとつは高い屈折率を有することであり、それを活用して2004年にデジタルカメラ用のレンズとして実用化された。セラミックスがレンズとして実用化されたのは世界初であった。本報では透明セラミックスのレンズ用途について述べたが、これらの透明セラミックスはいずれも希土類元素などを用いた発光素子のホスト材料としても利用可能である。たとえばBa (Mg, Ta) O3系やLaAlO3-Sr (Al, Ta) O3系では陽イオン配列がランダムになっているため、置換した希土類元素による発光ピークがブロードになり、広帯域の発光が可能になるという特徴がある。本報で述べたようにセラミックスの透明化には結晶構造が立方晶であることが望ましいが、最近では六方晶系の材料でも結晶粒径を微小化することによって高透過率を示すものも報告されている。このように結晶構造の制約がなくなることは透明セラミックスの設計の自由度の向上につながることから、今後、さらなる高機能・高特性の透明セラミックスの登場が期待できる。

用語解説

*1 色収差:

光学材料の屈折率には波長依存性がある。そのため、レンズを通った光は波長 (色) によって焦点が異なってしまう。これを色収差と呼ぶ。

*2 色中心:

結晶中の欠陥に電子が捕捉された場合に可視光域の光を吸収することがある。このような欠陥を色中心と呼ぶ。

*3 部分分散比:

2つの波長における屈折率差を部分分散と呼び、この値を主分散 (F線における屈折率とC線における屈折率の差) で割った値を部分分散比と呼ぶ。
Pg,Fはg線における屈折率とF線における屈折率の差を主分散で割った値である。