論文紹介

RFパワーアンプの電源ラインのノイズ対策

宇田 真悟、金崎 昭夫、田中 大介、三原 恭次、川口 正彦

原論文:
RFパワーアンプの電源ラインのノイズ対策
Noise Suppression Method for RF power amplifier's Power-supply line

発表媒体: 第27回エレクトロニクス実装学会講演大会

スマートフォンをはじめとする携帯電話の不要輻射は、3GPP*1や、各通信キャリア等で規制されており、高度なRF信号品位が求められている。
一方、携帯電話のPA (RFパワーアンプ) の電源ラインでは、バッテリーの高効率化を目的として、PA用DC/DCコンバータの採用が始まっている。しかし、その採用により、PAの電源ラインには、スイッチングノイズなどが増え、RF信号品位に影響を与えることも懸念されている。
本研究では、PA用DC/DCコンバータのノイズがRF信号品位に与える影響と、そのメカニズムを調査した。そして、RF信号品位の改善を目的としたPAの電源ラインのノイズ対策手法について検討を実施し、対策効果の確認を行った。

PA用DC/DCコンバータのノイズがRF信号品位に与える影響の調査

PA用DC/DCコンバータのノイズとRF信号品位の関係を調査するために、PA用DC/DCコンバータとPAモジュールを実装した評価基板を作製した。図1に作製した評価基板の外観と回路図を示す。評価基板に使用したDC/DCコンバータは、PA用のスイッチング周波数6MHzのものを使用し、PAモジュールは、W-CDMA*2LTE*3兼用のBandⅠ仕様のものを使用した。また、PA用DC/DCコンバータとPAモジュールの周辺部品 (入出力コンデンサ、パワーインダクタ等) は、各メーカーの推奨品を使用した。

RF信号品位の評価系は、図2に示すように、信号発生器の機能を有するシグナルアナライザを使用し、RF信号を評価基板のPAモジュールのRF inに入力し、PAモジュールで増幅出力されたRF信号をシグナルアナライザに戻すような評価系とした。また、RF信号品位の評価指標は、一般的によく用いられる最大出力時のACLR (隣接チャネル漏洩電力比) 評価とした。

この条件で、ノイズレベルが低い直流安定化電源からPAモジュールに電源供給した場合と、PA用DC/DCコンバータから電源供給した場合の双方でRF信号品位を評価し、PA用DC/DCコンバータのノイズがRF信号品位に与える影響について調査した。

その結果、直流安定化電源からPAモジュールに電源供給した場合と比較して、PA用DC/DCコンバータから電源供給した場合は、RF信号に最も隣接するL1、U1の帯域でRF信号品位の劣化が顕著であることが解り、PA用DC/DCコンバータのノイズが、RF信号品位に影響を与えることが確認できた。図3に直流安定化電源からPAモジュールに電源供給した場合とPA用DC/DCコンバータからPAモジュールに電源供給した場合の双方のRF信号品位を示す。

図1: 作製した評価基板の外観と回路図

図1: 作製した評価基板の外観と回路図

図2: RF信号品位の評価系

図2: RF信号品位の評価系

図3: 直流安定化電源から電源供給した場合と、PA用DC/DCコンバータから電源供給した場合のRF信号品位

図3: 直流安定化電源から電源供給した場合と、PA用DC/DCコンバータから電源供給した場合のRF信号品位

PAの電源ラインのノイズ対策手法と対策効果の確認

調査結果より、電源ラインを伝導するPA用DC/DCコンバータのノイズを抑制することでRF信号品位が改善すると推測できる。そこで、PA用DC/DCコンバータの出力用のパワーインダクタとコンデンサの直後にノイズフィルタを挿入し、W-CDMAとLTEについてRF信号品位を評価した。

その結果、ノイズフィルタとして高周波コイル (弊社品番LQW15CNシリーズ) 、またはチップフェライトビーズ (弊社品番BLM15PX121) を挿入することで、RF信号品位が改善することが確認できた。図4にノイズフィルタの挿入位置、図5にノイズフィルタ条件とRF信号品位の評価結果を示す。

図4: ノイズフィルタの挿入位置

図4: ノイズフィルタの挿入位置

図5: ノイズフィルタ条件とRF信号品位の評価結果

図5: ノイズフィルタ条件とRF信号品位の評価結果

ノイズフィルタがPA用DC/DCコンバータの電力変換効率に与える影響

携帯電話の通信時において、PAモジュールは最も電力消費が大きい回路であり、バッテリー寿命を左右する部分である。このため、対策に使用したノイズフィルタがPA用DC/DCコンバータの電力変換効率に与える影響について調査した。

図6の (1) ~ (4) は、図5に示したノイズフィルタ条件である。電力変換効率に最も影響を与えるRdc (直流抵抗) が一番大きい高周波コイル: 96nH (図5のフィルタ条件 (3) ) を挿入した場合においてもノイズフィルタなし (図5のノイズフィルタ条件 (1) ) と比較して、電力変換効率の差は0.23%であった。

PA用DC/DCコンバータのノイズがRF信号品位に影響を与えるメカニズム

PA用DC/DCコンバータのノイズがRF信号品位に影響を与えるメカニズムについて考察した。理想的なPAの特性は線形であり、2次歪は生じない。しかし、実際のPAは非線形性を含んでいるため、2次歪における2種の信号 (F1、F2) の和差により信号生成されたスプリアス*4 (F2-F1、F2+F1) が生じる。これを携帯電話のPA回路に置き換えて考えると、PAの電源ラインのノイズの周波数をF1、RF信号の周波数をF2とした場合、電源ラインのノイズがRF信号の低周波側と高周波側にスプリアスとして現れる。図7にPA用DC/DCコンバータのノイズがRF信号品位に影響を与えるメカニズムを示す。例えば、W-CDMAのACLR評価周波数レンジは、RF信号を中心周波数として25MHzであるので、電源ライン上の12.5MHz以下の低周波ノイズ、すなわちPA用DC/DCコンバータのスイッチングノイズがRF信号品位に影響を与えていることになる。

このメカニズムを検証するため、評価基板において、PA用DC/DCコンバータとPAモジュール間の電源ラインに表1に示した各フィルタ構成を適用し、DC/DCコンバータのスイッチングノイズレベルを変化させた。これらの状態で、6MHzでのスイッチングノイズレベルとRF信号品位の評価結果との関係について調査した。その結果を図8に示す。6MHzのスイッチングノイズレベルが低いほどRF信号品位が良いという関係性を確認することができた。これにより、RF信号品位に影響を与えるノイズのメカニズムを検証することができた。

図6: PA用DC/DCコンバータの電力変換効率に与える影響

図6: PA用DC/DCコンバータの電力変換効率に与える影響

表1: フィルタ構成

表1: フィルタ構成

図7: PA用DC/DCコンバータのノイズがRF信号部品に影響を与えるメカニズム

図7: PA用DC/DCコンバータのノイズがRF信号部品に影響を与えるメカニズム

図8: スイッチングノイズレベルとRF信号品位との関係

図8: スイッチングノイズレベルとRF信号品位との関係

ノイズフィルタ挿入損失とRF信号品位との関係

PAモジュールの電源ラインには、必ずPA用DC/DCコンバータの出力用のパワーインダクタとコンデンサ、およびPAモジュールのバイパスコンデンサが存在する。このため、ノイズフィルタ単品の挿入損失だけを議論するのではなく、PA用DC/DCコンバータの出力用のパワーインダクタとコンデンサおよびPAモジュールのバイパスコンデンサを含めた挿入損失を議論する必要がある。そこで、表1で示した各フィルタ構成におけるPA用DC/DCコンバータの出力用のパワーインダクタとコンデンサおよびPAモジュールのバイパスコンデンサを含めた状態での挿入損失 (図9 (a) 参照) とRF信号品位の関係について調査した。

その結果、各フィルタ構成の6MHzにおける挿入損失の大小とRF信号品位の評価結果は、相関関係にあることを確認することができた (図9 (b) 参照) 。また、図9 (b) において、パワーインダクタのL値を2倍にした場合のフィルタ構成 (5) とノイズフィルタの挿入位置をパワーインダクタの直後にした場合のフィルタ構成 (6) は、フィルタ構成 (1) と比較して、RF信号品位の改善効果は確認できなかった。

図9: 各フィルタ構成の挿入損失とRF信号品位との関係

図9: 各フィルタ構成の挿入損失とRF信号品位との関係

まとめ

本研究では、PA用DC/DCコンバータのノイズが、RF信号品位に影響を与えていることを確認した。そのメカニズムを検証した結果、PAモジュールの電源ライン上のPA用DC/DCコンバータの低周波数のスイッチングノイズが、PAの非線形2次歪により、RF信号近傍周波数にスプリアスとして現れることで、RF信号品位に影響を与えていることが解った。

有効な対策手法は、PA用DC/DCコンバータの出力用のパワーインダクタと出力コンデンサの直後に高周波コイル、またはチップフェライトビーズを挿入することである。これにより、電源ラインのPA用DC/DCコンバータのスイッチングノイズを抑制し、RF信号品位を改善することができることを確認した。

用語解説

*1 3GPP:

W-CDMAとGSM発展形ネットワークを基本とする第3世代 (3G) 携帯電話システム及びそれに続く第3.9世代移動通信システムに対応するLTEや、第4世代移動通信システムに対応するLTE-Advancedの仕様の検討・作成を行う標準化プロジェクトのこと。

*2 W-CDMA:

第3世代 (3G) 携帯電話のデータ通信規格の一つ。

*3 LTE:

第3世代 (3G) 携帯電話のデータ通信を高速化した第3.9世代移動通信規格のこと。

*4 スプリアス:

交流信号に含まれる設計上意図されない周波数成分のこと。