アプリケーションノート

ATカット水晶振動子設計へのシミュレーション技術活用

水晶振動子は、マイコン (マイクロコンピュータ) などのICの基準クロックを生成する重要な部品の一つで、携帯電話やスマートフォンなどの情報通信端末から自動車、白物家電まで幅広く使用されています。その中で特に情報通信端末用途では部品への小型化のニーズが強く、部品設計には製品特性を維持しながら小さくしていく難しさがあります。ここでは、有限要素法 (FEM) を用いたシミュレーション手法を活用して、効率的に設計を進めていく方法について紹介します。

1. ATカット水晶振動子と発振回路

ATカット水晶振動子は、人工水晶を材料とし圧電特性 (厚みすべり振動) を用いたデバイスです。ムラタの代表的な製品構造を図1に、等価回路を図2に示します。このデバイスは、マイコンなどを動作させるときに必要となる基準クロックを作り出す発振回路を構成する重要な部品の一つです。また、発振回路の代表的な構成を図3に示します。発振回路は水晶振動子を通る電気信号をアンプで増幅することでクロック信号を作り出します。水晶振動子は図4に示すように周波数によって抵抗値が変化します。このとき、水晶ブランクの主振動周波数で抵抗値がもっとも小さくなり、その抵抗値をESRと呼びます。発振回路は水晶ブランクの主振動周波数付近で発振してクロック信号を出力します。

発振回路において重要なポイントは安定に発振していることです。指標の一つとして、発振余裕度があり、これはESR (信号が減衰する要因) に対し、水晶振動子を除く回路側がどれだけの信号増幅能力を有しているかで示すものです。理論上は発振余裕度 > 1であれば回路は発振しますが、1倍に近い場合には稀に発振しない、発振立ち上がり時間が異常に長いなどの現象によって搭載機器が正常に動作しない場合があります。発振余裕度はESRを抑えることで改善できますが、ESRは一般的に周波数が低いほど高く、また、製品サイズが小さいほど高くなります。情報端末などでは2016や1612サイズの製品が使用されていますが、さらに小型の製品も要求されているため、昨今は設計が難しくなっています。

図1. 水晶振動子の製品構造

図2. 水晶振動子の等価回路図

図3. 発振回路図

図4. 水晶振動子抵抗値の周波数特性

2. 特性設計のポイント

ATカット水晶振動子は、主振動として使用する厚みすべり振動とは別に不要な振動が多数存在しています。水晶振動子を設計する場合には、使用温度範囲にこの不要な振動が影響しないよう考慮しながら形状パラメータを決定する必要があります。図5は温度とESRの関係を示しており、設計として適切な形状を選択した場合 (a) と不適切な形状を選択した場合 (b) の特性比較を示しています。不適切な形状パラメータを選択した場合には不要振動が重畳してESRの値が大きくなります。設計段階で、不要振動の影響がでない形状パラメータを選ぶことがポイントになります。しかしながら、形状パラメータの組み合わせは膨大にあるので、最適解を見出すために実験的に試行錯誤を行っている場合が少なくありません。それは開発期間の短縮と品質の向上を困難にしている原因の一つになっていました。

図5. 使用温度範囲でのESR 特性

3. シミュレーション (有限要素法: FEM) の活用と課題

効率的に最適解を見つける手段として、有限要素法 (FEM) を用いて特性シミュレーションを行う方法が考えられます。しかし、シミュレーション結果と実サンプル特性の整合性が低いということが問題になっています。この原因は、主振動 (厚みすべり振動) と不要振動の周波数の関係が、形状だけでなく水晶ブランクと基板を接続する保持部材にも大きく影響されるため、ということがわかってきました。

基板への保持を考慮せずに水晶ブランクだけをモデル化した場合のFEMシミュレーション結果と実サンプル特性との対比を図6に示します。保持部材がない形状をシミュレーションした結果では、ESR特性の傾向が実サンプル特性と一致しておらず、適切な形状パラメータを見出すことができません。

このように、シミュレーション結果と実サンプル特性との整合性を向上させ、最適解を効率良く求めるシミュレーション手法の確立が課題となっていました。今回、これらの課題を解決するシミュレーションシステムを構築することにより、実サンプル特性との整合性を高めることが可能になりました。

図6. ブランク幅とESR の関係

4. シミュレーションの挑戦

シミュレーション結果と実サンプル特性の整合性を高めるために、ムラタの有限要素法解析シミュレーションソフト (Femtet® ) を用いて改善したポイントは以下の4点です。

(1) 絶対精度と計算収束性の把握

有限要素法では、コンピュータ上のモデル形状をメッシュという限りある区切りに分解して計算します。このとき、図7のように細かく区切ってメッシュの数を増やせば増やすほど、図8のように解析値が収束することは良く知られていました。

ただし、収束の度合いは各振動で異なります。主振動である厚み滑り振動は少ないメッシュ数で変動が収まりますが、不要振動は多量のメッシュ数でも変動が収まりにくく収束性が悪い傾向にあり、シミュレーション結果の整合性が悪くなる主要因でした。

不要振動モードを精度良くシミュレーションするには、十分なメッシュ数が必要ですが、必要なメッシュ数は水晶ブランクの厚みや大きさで異なります。製品サイズと周波数ごとに必要なメッシュ数を把握することで、最適な精度でシミュレーションを行うことが可能になりました。

図7. メッシュ形状

図8. メッシュ数と周波数の関係

(2) 実物に近づけた形状モデリング

従来は球体モデルの組み合わせなどで疑似的に水晶ブランクの形状を再現していました。しかし、現実の加工処理でできる水晶ブランク形状は複雑で、擬似的に作成したモデルとの形状差が大きく、実サンプル特性との整合性低下の主原因の一つになっていました。

このたびFemtet®のモデリング機能を活用することより、実際の水晶ブランクを測定した形状データを元にブランク形状を忠実に再現することが可能になりました。また、Femtet®では保持部材も自由にモデリングが可能で、図9に示すように高い形状再現性を実現しています。

図9. Femtet®モデル (保持面側)

(3) 保持の影響考慮

不要振動が主振動に重畳するとブランク端部が振動する場合があります。このとき、ブランク端部に保持部材がないモデルは図10 (a) に示すようにダンピング影響を考慮できないため、ESRの上昇を計算できません。一方、ブランク端部に保持部材があるモデルでは、図10 (b) に示すように保持部材のダンピング影響を考慮できるため、ESRの変化を計算できます。

Femtet®では保持部材を水晶ブランクとは独立させてモデル化ができ、実サンプルと同様のESRの変化をシミュレーションすることが可能です。

このように保持部材をモデル化することにより、図11の青線に示すように実サンプルと同様、ブランク幅によってESRが変化する挙動をとらえることができました。

図10. 振動分布図

図11. ブランク幅とESRの関係

(4) 最適解の求め方

Femtet®を用いて、ブランク長さとブランク幅を同時にパラメータ化することにより、図12のように、形状とESR特性の関係をマトリクスで示すことができるようになりました。これにより、従来はピンポイントでしか導きだせなかった最適な形状パラメータを寸法エリアとして導出できるようになりました。

上記4点の改善により、シミュレーション特性と実サンプル特性の高い整合性を得て、最適な形状パラメータを設計エリアとして見つけることができるようになりました。この設計エリアの中心は、形状がばらついても良好な特性を維持できる安定性の高い設計値になります。図12の設計値A、設計値B、設計値Cについて、実サンプルの温度特性 (図13) と比較すると中央の設計値Aは温度変動に対して安定して目標値を満たすESRであり、エリア外の設計値CではESRが高く適しません。ここで、エリア境界の設計値Bは、実サンプルでは高温側でESR上昇傾向となり問題があります。しかし、設計値Bでは少量試作では問題が顕在化せず、試作数量が増えるとばらつき等の影響で特性不良が多発し、再設計を余儀なくされるケースがありました。しかし今回のFemtet®を用いた手法によって、形状パラメータに対してロバスト性に優れた設計を効率的に行うことができるようになりました。

図12. ESR解析結果 (最適設計エリア)

図13. ESR温度特性測定結果

5. おわりに

Femtet®を用いた今回のシミュレーション手法は実サンプル特性との整合性が高く、デバイス設計品質の向上につながるものと考えています。製品設計のプロセスを効率的に改善することにより、お客様からのご要求に対するサンプルリードタイムや量産供給までの期間短縮、および安定した品質の実現を目指していきます。

用語解説

*1 有限要素法:

FEM (Finite Element Method) ともいう。構造体を小さな領域に分割して計算し、構造体全体の近似解を求めるという数値解析手法。

*2 ESR:

等価直列抵抗 (Equivalent Series Resistance) のことで、主に水晶内部や保持部材の損失に起因する抵抗値。

*3 発振余裕度:

発振している状態から発振停止に至るまでのマージン (余裕) を表したもので、水晶振動子を使用する発振回路においてもっとも重要な項目の一つ。

*4 Femtet:®

ムラタが開発販売を行う有限要素法解析システム。電場・磁場・電磁波の電磁気学的な解析、熱伝導・応力の機械的な解析、さらに圧電、音波解析に至るまでの幅広い分野をカバーしている。

*5 ロバスト性:

寸法ばらつきなど外的な要因に対して余裕をもった、頑強な (Robust) 設計の性質。