長年、旧東光の主力生産工場として稼働していた「埼玉工場」は、1959年の購入当時、敷地が5,000坪で急斜面の畑地であったため整地に時間がかかりました。
五味ヶ谷というちょっと変わった響きの地名の由来は『鶴ヶ島町史(文化・地誌編)』によると“湿地を意味する「ゴミ」と、地区や集落を意味する「カヤト」から派生していると言われている”とのこと。
(引用:鶴ヶ島町史編さん室/編「鶴ヶ島町史 文化・地誌編」鶴ヶ島町、1988年3月)
今では急斜面だった名残は感じられないほど、平坦で住みよい環境で、周辺には住宅地が多く立ち並んでいます。
最寄駅から徒歩10分、従業員駐車場も完備しており通勤のしやすさが埼玉村田製作所の魅力のひとつです。