松久 直司 氏 プロフィール
松久氏は、皮膚と光学的・機械的に一体化する電子デバイスの実現に取り組む研究者です。ストレッチャブルエレクトロニクスの技術を基盤に、皮膚に貼っても違和感のないディスプレイを開発し、ヘルスケアや電子コスメへの応用を見据えた研究を進めています。今回採択された研究テーマの内容や、その着想、現在の進捗、そして今後の展望について伺いました。
「貼っているのに、貼っていない──皮膚一体化ディスプレイ」
皮膚のしわにまで密着するディスプレイ(本人提供)
いま一般的なウェアラブル機器は、手首など限られた場所に装着する形が中心です。一方で目指しているのは、皮膚の上に自然に“面”として広がり、必要な情報をその場で表示できるディスプレイです。硬くて小さいデバイスでは、表示できる情報が限られ、付けられる場所も限られてしまう。そこで、皮膚と同じように伸び縮みしても壊れない薄膜ディスプレイの実現に取り組んでいます。 応用として見据えるのは、ヘルスケアと電子コスメです。たとえばセンサで得た情報の意味を、ユーザーに自然に伝えるためには、「表示」のあり方が欠かせません。また、環境光に合わせて頬の色味を調整したり、皮膚の微小な色変化を能動的に演出したりと、化粧が持つ概念を拡張する可能性もあります。 「目線が合った瞬間に、ほっぺたがパッと赤くなる」──そんなコミュニケーションの補助ツールとしての未来像も描いています。
「センサの次は何か──皮膚に密着するディスプレイという発想」
出発点にあるのは、柔らかくて伸び縮みし、薄くすると皮膚のしわにまで密着する電子材料の研究です。皮膚に密着できることで、センサでは得られる信号の品質が向上することが知られており、関連研究も多く行われてきました。 その一方で、皮膚に密着する利点をセンサ以外で活かすとしたら何ができるのか。そう考えたときに、ディスプレイという発想に行き着きました。皮膚のしわにまで密着するディスプレイを成立させるには、どのような構造や材料が必要なのか。その検討が、現在の研究テーマへとつながっています。
「“見えない電極”の開発が進んできた」
研究の進捗として、まず取り組んだのは、ディスプレイとしての実現に先立ち、皮膚と光学的・機械的に一体化する「見えない電極」を作ることでした。 透明なシートを皮膚に貼ると、光沢によって存在が分かってしまいます。そこで、皮膚の見え方に近づける材料設計を行い、外観から判別できず、触っても違和感のない電極を目指しました。 現在では、装着していることがほとんど分からない電極が作製できており、複数人による評価でも、貼っていることに気づかれないレベルに達しています。 従来の、装着していることが一目で分かる電極では、「何かを付けている」という意識が生まれやすく、その影響で脳波などの測定結果が本来の状態とは異なってしまうことがあります。 一方で、今回開発した電極では、貼っていることをほとんど意識せずに済むため、電極を貼っていない場合とほぼ同じ状態の信号が得られています。 「見えない」という性質が、装着感の問題に留まらず、日常環境で生体信号を扱う際の重要な条件になり得るところまで、研究は進んできています。
「透明で、伸びて、電気が流れる──その両立が難しかった」
目指すゴール自体は、比較的早い段階から思い描いていました。一方で、実際に進めてみると、いくつか簡単ではない点がありました。なかでも難しかったのが、透明性と伸縮性、電気的特性を同時に満たす条件をどう見つけるかという点で、想定していた以上に時間がかかりました。 一方で、研究が思いがけず前進した場面もあります。当初は「ここまで見えないもの」を目標にしていたわけではありませんでしたが、学生が試作として持ってきたサンプルが、その基準を一段引き上げるきっかけになりました。従来は肌に透明のフィルムが貼ってあるような見た目だったのが、本当に肌と一体化して肌に貼ってあるはずのフィルムがまったく見えないものができました。 また、ディスプレイの色変化に用いる高分子材料については、有機合成にも踏み込む必要がありました。電気系を主とする研究室にとって容易ではありませんでしたが、試行錯誤を重ねながら研究を進めています。
「電子コスメという、新しい表現の可能性」
今後まず取り組むのは、すでに実現できている“見えない電極”の技術と、ディスプレイ技術を組み合わせ、皮膚の上で光学的にも自然に一体化した表示素子を作ることです。 その先には、電気的な配線をよりスマートにしていくことや、表示をより細かく制御するための多点化・多色化といった課題があります。 段階的に技術を積み重ねながら、表現の幅を広げていくことを目指しています。将来的には、アーティストや化粧品メーカーなど、異なる分野の人たちと協力しながら、これまでにない表現や使い方を形にしていけたらと考えています。
「研究って楽しい」
研究について率直に言うと、とても楽しいというのが実感です。何をやろうかと考える時間も、うまくいかずに試行錯誤する時間も、そして成果が出たときも、それぞれに違った面白さがあります。小中高や学部の段階では、研究に触れる機会は多くないかもしれませんが、実際にやってみると、想像以上に面白い世界が広がっています。私自身も楽しみながら、中学や高校に出向いて研究の面白さを伝える活動を積極的に行っています。また春と夏、高校生インターンシップとして、高校生が1週間くらい私の研究室に滞在し、実際に研究室の生活を体現してもらうことも行っています。もし機会があれば、研究の現場をのぞいてみてほしいと思います。
※本ページの情報は、2026年5月14日掲載時点のものです。
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