高橋 昂輝 氏 プロフィール
高橋氏は、多文化都市トロントを主なフィールドに、移民街がどのように形成され、そしてどのように変容していくのかを長年に亘り研究してきました。ジェントリフィケーションや都市政策が移民コミュニティに与える影響を丁寧に追いながら、都市と移民の関係を問い続けています。高橋氏の研究テーマと、その背景にある問題意識、そして今後の展望について伺いました。
「多文化都市トロントにおける移民街の変容」
研究の対象は、カナダ・トロントに形成された移民街です。トロントは1970年代以降、多様な国や地域を出自とする移民を受け入れてきた多文化都市であり、都市内部には特定のエスニシティが集積する地区が形成されてきました。
一方で近年、富裕層の都心回帰にともなって地価や賃料が上昇し、従来その地域で暮らしてきた住民が別の場所へ移動せざるを得なくなる、いわゆるジェントリフィケーションが進行しています。本研究では、こうした都市構造の変化に加え、地区の経済活性化を目的とした都市政策「BIA(Business Improvement Area)」の役割にも注目しています。移民街が移民の生活の場としての性格を弱め、文化的要素が演出されるテーマパーク化された消費空間へと変化していく過程を、制度と現場の両面から捉えています。
「休学して渡ったトロントが、研究の出発点」
地理学への関心は、幼少期の家庭環境の中で自然と育まれていきました。父親が大学で地理を学んでいたこともあり、自宅には日本地図や世界地図が貼られ、サッカーの国際試合を見ながら、登場する国や地域について話すことが日常にありました。
その視点が、明確な問いとして立ち上がったのは、大学時代に休学してカナダ・トロントで暮らした経験です。当時の自分が見ている世界の狭さへの違和感もあり、机上の知識だけでなく、実際にその土地で暮らし、働き、人と関わることで地域や社会を理解したいと考えました。当初から、渡航先には世界各地の人々が集まる多文化的な都市を考えていましたが、英語圏の幾つかの候補地を検討する中で、現地での就労も可能なカナダという選択肢に行き着きました。また、カナダの中でも、トロントが、ニューヨーク以上に世界各地からの人々が集う多文化都市であることも決め手となりました。現地では、移民が経営する飲食店で働き、言語や文化の異なる人々と日常を共にしました。ひとつの都市の中で、多様な背景を持つ人々がどのように集まり、暮らし、変化していくのか。その関心が、現在の研究へとつながっています。
「街を歩き、人と話し、変化を捉える」
ポルトガル系移民街の様子(本人提供)
2011年に調査を始めた当初、対象地区はポルトガル系移民が多く暮らす移民街で、商店の多くも同系の人々によって営まれていました。街を歩けばポルトガル語が飛び交い、ポルトガル料理の食材となる魚介類を扱う食料品店など、移民の食文化に由来する要素が街の随所に見られました。 その後、徐々にアートギャラリーやカフェが増え、いわゆるジェントリフィケーションが進行していきます。店舗構成や景観が変化する中で、かつて街を特徴づけていた移民の日常生活を反映した文化要素は、次第に見えにくくなっていきました。
街の変化は、統計データだけでは捉えきれません。実際に街を歩き、人と話す中で、何気ない言動や日常のやり取りといった感覚的な手がかりを重ねることで、現場で初めて見える制度の功罪、街づくりの方針をめぐる地元経営者間の対立など、文献やデータだけでは見えてこない視点や課題が、少しずつ浮かび上がってきました。フィールドワークを通じて、都市の変化を生活の側から捉えることの重要性を実感しています。
「調査を拒否されることもある現場で」
フィールドワークでは、調査を断られることもありました。移民コミュニティの中には、内部の結束が強い一方で、外部の人間に対して慎重な姿勢が見られることもあります。
そうした中で意識してきたのは、日本人だから、あるいはポルトガル出身だからといった固定的な見方にとらわれず、一人の人として相手に向き合うことです。相手の文化をリスペクトし、単なる聞き取りを超え、時に語り合うことを続けながら、コミュニティ内のネットワークをたどって少しずつ調査を進めてきました。
「研究者として、事実を積み重ねる」
日本でも、人口減少や労働力不足を背景に、外国人労働者や移民の受け入れが進みつつあります。移民問題や多文化共生に関しては、主義や立場の違いから議論が困難なこともあります。こうした状況の中で、研究者としてまず重要なのは、事実やデータを一つひとつ堅実に積み重ねていくことだと考えています。
その上で、得られた知見をどのように政策や自治体の取り組みにつなげていくのか。研究と社会の接点を丁寧に探っていくことが、今後の課題です。
「自分の世界を広げてほしい」
研究に取り組む中で大切にしてきたのは、自分の世界を広げていくことでした。私が専門とする人文地理学という学問分野の目的が、人間と地域との関係性や相互作用の追究であることから、大学の外に出て人と出会い、異なる価値観に触れる経験が、研究の視点や問いを形づくってきたと感じています。
学生時代には、バックパックを背負って旅をし、行く先々で出会った人々との会話から、少なからず示唆を得てきました。研究のヒントだけでなく、世界の多様な文化や社会課題を身体的に理解し、物事の見方そのものが揺さぶられる経験でした。今の自分の考えや到達点に満足せず、日常生活においても常に何かがあるかもしれない未知なる場所に一歩踏み出してみる。その積み重ねが、自身の認識の枠組みを更新し、ユニークな研究につながっていくのではないかと思っています。
※本ページの情報は、2026年5月14日掲載時点のものです。
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