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経験と勘に頼っていたノウハウを科学で分析、ノイズが放射されるメカニズムをカテゴライズした結果、明確なシミュレーションが可能に 革新的ツールの完成で、EMI対策の姿が見えてきた

原田 高志氏/Takashi Harada
日本電気株式会社 中央研究所 研究企画本部 イノベーションプロデューサー

ノイズの研究を続けて20数年。EMI対策のあり方を体系化し、科学的に分析してきました。
その成果の一つが、EMIをチェックし、基板設計をシミュレーションできるツールとして、市販されています。
今、注目しているのはセンサーネットワーク。無線通信のコアとなるこの領域にも、EMI問題は生じます。
こうしたノイズの研究における大きな財産は、長年にわたって培ってきたノイズ関連の人脈。
今かかわっている都市やインフラを対象とした社会ソリューションにも、役立つはずだと思っています。

非意図的に出るノイズ、経験と勘のノイズ対策からEMC設計技術の研究へ

1983年に入社し、研究所に配属されて、初めて研究したのが電波吸収体。不要な電波の反射を抑えてパラボラアンテナの特性を改良するのに役立つ素材の開発でした。当初から「ノイズ」とかかわってきたともいえます。そして、研究を続ける中で登場したのが、EMI (Electromagnetic Interference: 電磁障害) という概念。放送や無線通信に悪影響を及ぼすEMIに対して規制していこうという動きが出てきました。日本電気 (NEC) では1992年にEMC技術センターを設立、以来ノイズとの本格的な付き合いが始まります。

当時の課題は、ノイズが非意図的に、予想に反して出てくること。製品を作り上げてから、ノイズを測り、初めて規格オーバーだとわかる。まだノイズのことを本当にわかっている人が多くなく、経験と勘に頼っていた時代です。最初は、ノイズが出そうなところをシールドで囲むことで、ノイズが出ていても他に影響を及ぼさないようにする、というやり方を考えました。次いで、ノイズの吸収体や材料の研究を経て、ノイズが出た後の対処ではなく、設計に反映させて、ノイズを出さないように作り込むEMC (Electromagnetic Compatibility: 電磁両立性) 設計技術の研究が始まりました。

ノイズをもたらすアンテナ構造を分類、それぞれの打開策を考える

電気電子機器においてノイズが出る原因は基板にあるので、基板をどう作るかが重要です。望ましい基板のパターン、部品の置き方とはどのようなものか。ノイズが出ないような構造とは。ノイズ対策は経験と勘で行われていましたから、そのノウハウを科学的に解明しようと、いろいろな方法を調べました。同じ対策の構造を採用しても、ノイズに効く場合と効かない場合があります。果たして、どのような配線パターンがよいのか。周波数やデータ伝送のスピードによっても、ノイズは変わります。そうした問題を、丹念に科学的に検証していきました。

先に基板が原因といいましたが、プリント配線板そのものがノイズを発生させているわけではありません。そこにICが載り、電流が流れて電磁界を発生させます。これがEMIの要因となります。基板の中には電波を放射するアンテナと同じような構造の配線パターンが存在し、そこからノイズが放射されます。このアンテナとして作用する配線パターンを構造的に分類し、それぞれに打開策を与えていったのです。こうした構造をカテゴライズしていったことが、ノイズを理解する上でも役立ちました。ノイズの種類がつかめた、という感じですね。オルゴールのムーブメントで実験するとよくわかります。ムーブメントをICに、テーブルを基板に見立てる。すると、ムーブメントをテーブルの真ん中に置いたときと、端に置いたときでは音が違います。どうやって音を抑えるか、これがノイズ対策なんですね。

DEMITASNX®に生かされた研究成果、ノイズ対策での社会貢献

NECが2001年に発売したEMI抑制設計支援ツール「DEMITASNX®」に、ノイズ研究の思想が受け継がれています。このアプリケーションソフトは、基板を設計する段階 (試作前) において、デザインのルールやパターンをチェックすることで、基板上のノイズの原因を明らかにし、除去できるというもの。電気メーカーとしては設計ノウハウでもあるので、商品化に際しては社内でも議論がありましたが、電気電子機器の開発にノイズ対策は欠かせなくなっており、社会的な貢献という意味も含めて市販に踏み切りました。

残念ながら、ノイズ対策そのものは製品競争力にはつながりません。メーカーとしてノイズの少ないものを出しても、それだけでは売れないんですね。ともあれ、ノイズは大きな社会問題になる前に対応すべきで、研究が社会ソリューションに役立てられるのはうれしいことです。

e-Design Solution

DEMITASNX®や電源系雑音の抑制設計を支援するPIStreamなどによる「設計システムソリューション」、EMI対策・コンサルティング、回路・基板設計などの業務をサポートする「設計支援ソリューション」、磁界の状態やEMI認証取得サービス、試作・量産などの「試作・評価ソリューション」。多面的で適切なアプローチ法により、これらEMIに関する三つのカテゴリの対策を総合的に提供しています。

e-DesignSolution

「DEMITASNX® (デミタス・エヌ・エックス) 」は、プリント基板動作時に発生する「不要電磁波」を抑制するためのEMIルールチェック機能や、共振解析機能を搭載した、基板試作前の段階で部品の配置検討ができるEMI抑制設計支援ツールです。
チェックルールはNECの研究所や国内外の大学での検証により、EMI対策に効果的であることが裏付けられた項目を厳選して適用。設計初期段階でのEMI対策で、開発期間短縮と対策コスト削減に貢献します。

製品サイト: http://jpn.nec.com/demitasnx/

DEMITASNX®

EMI関連チェックツール

EMIをチェックし、基板設計をシミュレーションできる「DEMITASNX®」は、海外でも「EMIStream」の名称で市販されています。電源系雑音の抑制設計を支援する「PIStream」とあわせて、2011年5月にはNASA (米航空宇宙局) のジョンソン宇宙センターにも採用されました。こうしたNECが取り組む一連のEMI関連のチェックツールは、2011年に一般社団法人*エレクトロニクス実装学会の「技術賞」を獲得しています。同賞は、エレクトロニクス活動の中で生まれ、実用に供している優秀な技術に贈られるもので、「プリント配線板設計用EMIルールチェックツールの開発」として受賞しています。

*当時は社団法人

EMI関連チェックツール

ノイズを核にした人との出会い、会社の領域を超え問題に立ち向かう

ノイズの研究にかかわりはじめた20数年前、当時は過去の資料やデータが豊富にあったわけではなく、とらえどころのない研究でした。その一方、デジタル機器の進化によって、使われる周波数が高くなり、システムが大きくなって複雑になり、ノイズが社会問題化しはじめていたころでもありました。そうした中、志を同じくする人たちが大勢いました。ある学会では、分科会や研究会で、合宿を行い、酒をくみ交わしたりしながら、いろいろな議論を行いました。大学の先生をはじめ、同業他社の先輩やOBたちと、会社という領域を超えて一つの問題に立ち向かっていく。それをまた社内に持ち帰り、製品開発部門の技術者と実験し議論する。そういう人たちと仕事ができたのは大きな財産です。

広がりをみせるノイズの影響、部品によるシステム最適化に期待

今は、M2M (マシンツーマシン) の領域に注目しています。センサーネットワークなどは社会的なソリューションを考えたときに、大変重要になると思います。M2Mの世界で、センサー間のやりとりは無線通信が中心。通信に際しては、ノイズなど電磁界の問題がたくさん起こることが予想されます。センサーネットワークは重要ですが、それに付随してノイズ関連の技術がますます重要視されるでしょう。

ノイズの問題は、今後ともなくなることはありません。基本的に、デジタル回路が0と1のスイッチで動作している以上、その動きが原因でノイズが生じます。最近では、ESD (Electro-Static Discharge: 静電気放電) という静電気によって、電気電子回路やICそのものが破壊されることも懸念されています。また、無線機では自分が出しているノイズを通信電波と間違えて傍受してしまい、本来の通信が損なわれてしまう「内部干渉 (Intraference) 」という現象も起きています。

今後はシステムをあらゆる角度から、総合的に検証していかなければなりません。ムラタさんは、過去に3端子コンデンサのようなノイズ対策に的を絞った部品を開発されています。技術的に非常にチャレンジングなもので、ムラタさん独自のセラミックス技術が大いに生かされていました。部品は、基板の中の一つの要素ですが、部品一つでシステム全体の性能が大きく変わることも少なくありません。システムの中でどのような機能を果たしているのかに着目していただき、その知見をもってEMIの新しい部品を開発していただけることを楽しみにしています。