ムラタの歴史

時代の動きを受け止め、時代を動かしてきた。
エレクトロニクスの進化がさまざまな不自由を開放し、人々の夢を実現してきた。その歴史の推進力、ムラタの電子部品。
ある時代を語るような、電子機器があります。その時代が求めた機能が、その機器に込められているからです。その時代に必要だったもの。次の時代の夢を象徴していたもの。電子機器のそのような機能を、中で支えてきた電子部品があります。だから、電子部品もまた、時代を語っているといえるでしょう。そして、時代を語るものは、また、静かに未来を語り始めるのです。

時代の動きを受け止め、時代を動かしてきた。

1940年代

ラジオの民間放送開始になどにより通信機器が普及

その時代に求められた電子部品

戦後の混乱期、ラジオは唯一の娯楽であり、情報源であった。それまでの超再生方式に比べて格段に高性能だったスーパーヘテロダインラジオは急速に普及した。

そのラジオの温度補償用に使われた円筒形の磁器コンデンサ。
酸化チタンを誘電体として、電極材料は表面に筆で塗られていた。静電容量は500pF。

温度補償用コンデンサ

温度補償用コンデンサ


主な話題

左:京都市中京区で村田製作所、創業。
当時の社屋。
右:1946年頃のポスター。
現在のロゴの原型のような形が見て取れる

左:京都市中京区で村田製作所、創業。当時の社屋。右:1946年頃のポスター。現在のロゴの原型のような形が見て取れる

1950年代

白黒テレビの普及や電信電話市場が拡大

その時代に求められた電子部品

水産資源の増大が叫ばれていた戦後の食糧難時代。日本は漁業大国への道を歩んだ。
そこで一役買ったのが、この魚群探知機だ。

チタン酸バリウムの円板型圧電振動子を2枚の厚い鋼鉄板でサンドイッチ状に挟んだ「ランシュバン型構造」の魚群探知用圧電振動子。最大深度90mで、良好な反応を示した。

魚群探知用圧電振動子

魚群探知用圧電振動子

1955年、トランジスタラジオ登場。
小型化、ポータブル化という今日まで続く民生用電子機器の基本コンセプトは、このとき定まったといえる。

ムラタは圧電材料として画期的な特性をもつチタン酸ジルコン酸鉛を用いてAMラジオ用のセラミックフィルタを商品化。本格的な普及はこの後さらに10年を待たなければならない。

セラミックフィルタ(SF455)

セラミックフィルタ(SF455)


主な話題

1952年、本社および工場を京都市東山区山科に移転。

1952年、本社および工場を京都市東山区山科に移転。

1955年、研究部門を大宮技研として創業の地に設置。その後、長岡京市に移転して村田技研と改称。
4つの研究室長には、卒業間もない若者が就任した。

1955年、研究部門を大宮技研として創業の地に設置。その後、長岡京市に移転して村田技研と改称。4つの研究室長には、卒業間もない若者が就任した。

1960年代

カラーテレビ放送開始、東京オリンピックでの好景気で電子部品の需要拡大

その時代に求められた電子部品

戦後日本の総決算ともいうべき東京オリンピックを目前に控え、カラーテレビが登場

正特性サーミスタを、カラーテレビの消磁回路に応用。
スイッチを入れたときには大電流が流れて消磁機能を発揮し、その直後に自己発熱して電流を制限する。
セラミックフィルタも高周波化・精密化することでカラーテレビに対応、ヒット作となった。

消磁用ポジスタ

消磁用ポジスタ

セラミックフィルタ(SFC4.5)

セラミックフィルタ(SFC4.5)


主な話題

1962年、昭和天皇、皇后両陛下が株式会社福井村田製作所に行幸啓。
このとき作った日本一の花時計は、今も福井村田製作所にある。

1962年、昭和天皇、皇后両陛下が株式会社福井村田製作所に行幸啓。

1970年代

アメリカのCBトランシーバーブーム、国内のオーディオ&ビジュアル機器や自動車電話、情報機器の市場拡大

その時代に求められた電子部品

運転しながら電話をかけることがステイタスだった。
しかしそれにしても、初期の自動車電話の大きかったこと!

自動車電話の開発当初は、主要部品である空胴共振型フィルタはトランクルームを埋め尽くすと言われたものだ。これもギガフィルの開発で画期的に小さくできた。小型化、ポータブル化のコンセプトは、やがて携帯電話の誕生につながる。

電電公社(現NTT)第一世代自動車電話機用アンテナ共用器ギガフィル

電電公社(現NTT)第一世代自動車電話機用アンテナ共用器ギガフィル


主な話題

1973年、アメリカ合衆国ジョージア州に生産子会社Murata Manufacturing Co., Inc.を設立。
経営の国際化が進む。

1980年代

オーディオ&ビジュアル機器や情報機器の市場拡大

その時代に求められた電子部品

パソコンの登場によってオフィス機器とパーソナル機器の垣根は軽々と越えられ、コミュニケーションの世界は拡大し続けている。

コンピュータの動作速度を決めるセラミック発振子「セラロック」、ノイズ対策部品としてのフェライトビーズなどが、パソコンの普及とともにムラタのヒット商品となった。

3端子コンデンサ

3端子コンデンサ

フェライトビーズ

フェライトビーズ

セラロック

セラロック

ヘッドフォンステレオがブームとなる。本格ステレオサウンドがポケットの中に収まったのは、電子部品の小型化の成果だ。

小型化が要求される携帯型オーディオ機器や、ビデオカメラ用基板などの表面実装(SMD)化が進み、コンデンサも積層チップタイプが主流に。

コンデンサ

コンデンサ

CDは、オーディオのデジタル化の流れを決定づけた。

ムラタのオーディオ用アクティブフィルタは、PCM方式に特有の折り返し雑音を除去する。
デジタル時代の音楽になくてはならないものとなった。

アクティブフィルタ

アクティブフィルタ

ホームビデオカメラも小型化の一途をたどった。

圧電振動ジャイロによる手ぶれ補正機能が映像機器に不可欠となった。

圧電振動ジャイロ

圧電振動ジャイロ


主な話題

1983年、株式会社出雲村田製作所設立。
国内生産体制の強化が進む。

1983年、株式会社出雲村田製作所設立。国内生産体制の強化が進む。

1987年、滋賀県野洲郡野洲町(現・野洲市)に野洲事業所を、1988年、神奈川県横浜市緑区に横浜開発センタを開設。
研究開発体制を強化する。

1987年、滋賀県野洲郡野洲町(現・野洲市)に野洲事業所を、1988年、神奈川県横浜市緑区に横浜開発センタを開設。研究開発体制を強化する。

1988年、タイに生産・販売会社Murata Electronics (Thailand), Ltd. を設立。
グローバルな生産販売体制を拡充。

1988年、タイに生産・販売会社Murata Electronics (Thailand), Ltd. を設立。グローバルな生産販売体制を拡充。

1990年代

携帯電話の小型化、パソコンの普及によりインターネット時代の到来

その時代に求められた電子部品

携帯電話には、一層の小型化・多機能化が求められてきた。

携帯電話の小型化・多機能化には、高周波をコンパクトに扱う技術が欠かせない。ムラタのギガフィルは、ここでも大きく貢献している。

デジタル携帯電話用アンテナ共用器ギガフィル

デジタル携帯電話用アンテナ共用器ギガフィル


主な話題

1994年、中国・江蘇省無錫市に生産・販売会社Wuxi Murata Electronics Co., Ltd.を設立。

1994年、中国・江蘇省無錫市に生産・販売会社Wuxi Murata Electronics Co., Ltd.を設立。

2000年代

パソコン通信の無線化・高速化

その時代に求められた電子部品

パソコン通信の無線化・高速化が進展している。
PHSカードは、その通信機能をコンパクトにまとめたモジュール。

ユビキタス社会の決め手になると注目されているBluetooth®方式。
ムラタは、その専用モジュールをいち早く開発。

PHSカード

PHSカード

Bluetooth®RFモジュール

Bluetooth®RFモジュール


主な話題

2005年、「CEATEC JAPAN 2005」にてムラタセイサク君のデモンストレーションを行い、国内外から大きな評価を得る。

2005年、「CEATEC JAPAN 2005」にてムラタセイサク君のデモンストレーションを行い、国内外から大きな評価を得る。

2010年代

スマートフォンを中心とした通信分野拡大

その時代に求められた電子部品

スマートフォンの多機能化。

0201(0.25×0.125mm)サイズの積層セラミックコンデンサの開発

世界初0201サイズインダクタの開発

スマートフォン無線回路用ハイブリッドマルチプレクサの製品化


主な話題

2014年、村田製作所チアリーディング部誕生

2017年、電池事業の拡大・強化

2020年以降

5G時代の到来、自動車の電装化の進展

ますます進む電子機器の多様化、それにともなう社会の発展に、今後もムラタは貢献し続けていきます。