論文紹介

次世代RFフロントエンド回路に向けた低受信帯ノイズPAの開発

和田 貴也

原論文
A Study on Low Rx-Band Noise Power Amplifier for Reconfigurable RF Front-End Circuit

参考文献

  1. H. Obiya, T. Wada, H. Hayafuji, T. Ogami, M. Tani, M. Koshino, M. Kawashima and N. Nakajima, “A New Tunable RF Front-End Circuit for Advanced 4G Handsets”, 2014 IEEE MTT-S Int. Microwave Symp. Digest, session WEP-54, June 2014.
  2. T. Ogami, M. Tani, K. Ikada, H. Kando, T. Wada, H. Obiya, M. Koshino, M. Kawashima and N. Nakajima, “A New Tunable Filter Using Love Wave Resonators for Reconfigurable RF”, 2014 IEEE MTT-S Int. Microwave Symp. Digest, session TU3A-2, June 2014.
  3. T. Wada, R. Nakajima, H. Obiya, T. Ogami, M. Koshino, M. Kawashima and N. Nakajima,“A Miniaturized Broadband Lumped Element Circulator for Reconfigurable Front-end System”, 2014 IEEE MTT-S Int. Microwave Symp. Digest, session WEP-28, June 2014.
  4. H. Obiya, S. Hitomi, T. Wada, H. Hayafuji, Y. Kusumoto, M. Koshino, M. Kawashima and N. Nakajima, “A study on low Rx-band noise power amplifier for reconfigurable RF front-end circuit”, 2015 IEEE MTT-S Int. Symp. Digest, session WEPR-2, May 2015.
  5. T. Wada, T. Ogami, A. Horita, H. Obiya, M. Koshino, M. Kawashima and N. Nakajima, “A New Tunable SAW Filter Circuit for Reconfigurable RF”, 2016 IEEE MTT-S Int. Symp. Digest, session TU1G-4, May 2016.

発表媒体: International Microwave Symposium (IMS) , IEEE MTT-S

スマートフォンの急速な普及により、RFフロントエンド回路の複雑さが増している。これまでにシンプルかつ再構成可能なチューナブルRFフロントエンド回路の開発を進めており、中でも特にICが発するノイズが要因で、通話やデータ受信品質の劣化を招く、受信帯ノイズの抑制が課題となっていた。そこで、本開発ではPower Amplifier IC (PAIC) の内部にSAWフィルタを配置することで、そのノイズの抑制効果を調査した。また、フィルタ部に求められる性能を明らかにし、チューナブルフィルタの適用による複数の周波数バンドのノイズ低減を可能にした。この技術により、今後のLTE-advancedや第5世代通信などの次世代通信システムにおいても、端末の通信品質向上が期待できる。

チューナブルRFフロントエンドの概要

近年のスマートフォンの急速な普及により、RFフロントエンド回路には3GPPで規定された複数の周波数バンドに準拠するデバイスが積まれている。それらの多くは、FDD-LTEシステムとして動作し、例えばBand13のように送信と受信の周波数間隔が狭い規格、送信と受信の帯域が他のバンドに比べて高周波側/低周波側に入れ替わっている規格など、さまざまな規格が混在する。一方、信号のアナログ処理を担うRFICからは、その高機能・高効率化にともない受信帯ノイズが増える傾向にある。よって、RFフロントエンドに備えるフィルタやデュプレクサには今まで以上に高いノイズ信号の減衰性能が求められている。本開発では、シンプルかつ再構成可能なRFフロントエンドにおいて、各デバイス性能を高めることは当然のこと、モジュール回路としてデバイス間で性能を補完しあう、統合されたレベルダイヤグラムを提案することを目的としている。

そのソリューションとして、図1に示すチューナブルRFフロントエンドがある。これは広帯域サーキュレータ、チューナブルフィルタおよび低受信帯ノイズPAから構成されている。

図1. チューナブルRFフロントエンドの構成

図1. チューナブルRFフロントエンドの構成

受信帯ノイズの目標値とレベルダイヤグラム

図2に示すように、端末の通信品質を決める要素として受信帯ノイズがある。このノイズがRFICのRXポートに入ることにより、受信感度劣化を引き起こす要因となる。この値は、RFフロントエンドの構成によらず、熱雑音以下に抑えなければならず、-180dBm/Hz以下の低いノイズレベルが求められる。従来はRFフロントエンドのSAWデュプレクサでノイズを減衰させているが、減衰特性と挿入損失にはトレードオフの関係があり、特に送受信周波数間隔の狭いBand13などでは、挿入損失が大きくなってしまい、機器の消費電力が増加してしまう。そこで、PAの初段 (Q1) と後段 (Q2) の間に、SAWフィルタ (インターステージフィルタ) を備えることで、予めRFICやPAICから生じるノイズ成分を抑制し、SAWデュプレクサの性能のトレードオフを補償することが狙いである。なお、インターステージフィルタの挿入損失分は、その後段PAにて増幅するため無視でき、ノイズ抑制とのトレードオフを回避できる。

図2. 受信帯ノイズの目標値とレベルダイヤグラム

図2. 受信帯ノイズの目標値とレベルダイヤグラム

Low RX Noise PA (LNPA) の構成

図3に示すようなLNPAの構成では、トータルノイズは以下の式によって表される。式 (1) - (3) に実際のゲイン、NF、フィルタ減衰量を導入し計算した結果を図4に示している。これより、受信帯ノイズのレベルの主要因は、RFICのTXポートから出力されるノイズ成分とわかる。従来使われてきたPAではRFIC出力とPA入力の間にフィルタを挿入していたが、この場合はPA前段Q1のノイズを抑えることができない。一方で、現状はPA出力ポートにフィルタを挿入しているが、PA出力部はRFフロントエンドの中で最も電力が高い箇所であり、耐電力の課題が生じてしまう。よって最も適切に受信帯ノイズを抑制できるフィルタ挿入箇所は、PA前段Q1と後段Q2の間とわかり、フィルタに求められる減衰量も、ノイズ特性がQ2factorに漸近することから最大25dBとわかった。

図3. Low RX Noise PA (LNPA) の構成

図3. Low RX Noise PA (LNPA) の構成

図4. 段間フィルタの受信帯減衰量とトータルノイズの関係

図4. 段間フィルタの受信帯減衰量とトータルノイズの関係

受信帯ノイズの測定結果とフィルタ特性から求められるノイズ抑制効果の妥当性

次に、実際のGaAs化合物半導体PAのインターステージにSAWフィルタを装荷し、前述の受信帯ノイズレベルの妥当性を検証した。この時用いたSAWフィルタは、LTEのBand13 (Tx band: 777MHz-787MHz and Rx band: 746MHz-756MHz) において、挿入損失2.5dB以下、受信帯減衰30dB以上のフィルタであり、さらには図5のチューナブルフィルタを用いることで、699MHz-960MHzのすべてのLTE low-bandに対応することが可能である。

図5. チューナブルフィルタの受信帯減衰特性

図5. チューナブルフィルタの受信帯減衰特性

評価の結果、図6に示すPA初段Q1の受信帯ノイズはPout=28dBmにおいて-148dBm/Hzであるが、後段Q2のゲイン13.9dBによって、およそ-134dBm/Hzまで増加してしまう。つまり、 (Q1ノイズ+Q2ゲイン) > Q2ノイズとなり、受信帯ノイズのノイズフロアは、図4で示したようにQ1のノイズレベルによって決定されてしまう。これに対し、インターステージにSAWフィルタを装荷したLNPAのトータル性能は、図7に示すように従来のPAよりも低い受信帯ノイズのレベルとなり、目標の-140dBm/Hz以下を観測できている。加えて、装荷したフィルタの減衰量にともなうシミュレーション結果 (ドット表示) と実測結果 (実線表示) を比較することで、フィルタの減衰量が25dB以上のシミュレーション結果に実測結果が良く一致し、LNPAの受信帯ノイズ抑制効果の妥当性を示すことができた。

図6. PA出力電力とQ1・Q2それぞれの受信帯ノイズ

図6. PA出力電力とQ1・Q2それぞれの受信帯ノイズ

図7. LNPA出力電力と受信帯ノイズ

図7. LNPA出力電力と受信帯ノイズ

結論

本開発では、受信帯ノイズ抑制効果のあるLNPAをRFフロントエンドに採用することで、RFICから出力されるノイズをPA初段と後段の間で減衰させ、-143dBm/Hz (Pout=28dBm) のノイズレベルを実現した。そのインターステージフィルタに求められる減衰量は最大で25dBであり、そのフィルタ減衰によりPA初段のノイズ成分を除去できることを示した。また、PA後段のノイズ特性を改善することで、さらなる受信帯ノイズレベルの改善ができることが示唆される。本論文では、送受信間隔が狭く受信帯ノイズ抑制の難易度が高い、LTE Band13に注目して検証したが、今後はチューナブルフィルタの小型化に取り組み、LTE-advancedや第5世代通信などの次世代通信システムにおいて、シンプルかつ再構成可能なチューナブルRFフロントエンドの導入と、端末の通信品質向上に貢献していく。

用語解説

RFフロントエンド

携帯端末におけるアンテナ側の送受信回路部分。

受信帯ノイズ

送信増幅器の出力信号に含まれる受信周波数の不要雑音。

SAW (Surface Acoustic Wave) フィルタ

表面弾性波フィルタ。物質の表面を伝搬する波を用いて特定の周波数帯域の電気信号を取り出す素子。

3GPP

Third Generation Partnership Projectの略称。3G、LTE、LTE-Advancedの仕様を検討・作成する標準化プロジェクト。

FDD-LTE (Frequency Division Duplex Long Term Evolution)

高速データ通信仕様の一種で、上り方向と下り方向の多重化に周波数分割多重方式を採用したもの。

RFIC (Radio Frequency Integrated Circuit)

高周波のアナログ信号処理部をIC化したもの。