Murata value report(統合報告書)

コーポレート本部長メッセージ

経営管理のさらなる高度化により
組織資本を強化し、
企業価値の最大化を実現

取締役 常務執行役員
コーポレート本部 本部長
経営管理統括部 統括部長

南出 雅範

※掲載している内容は2023年9月29日時点のものです

コーポレート本部長としての新たな責任と役割

 2022年7月にコーポレート本部長に就任し、それまでの経理・財務、経営戦略を中心とした役割に、人事、IT、サステナビリティ、ガバナンス、広報、法務・知財などの分野が責任範囲に加わりました。コーポレート本部は当社の特徴である三次元マトリックス組織において、機能面での最適化や事業運営の支援、さらには事業間のシナジー推進に対する役割を担います。さらに昨今、企業経営で押さえておくべき観点が財務から非財務に広がり、自社と各ステークホルダーが長期的に目指すゴールも同じ方向を向きつつあります。そのような点からも、コーポレート機能を一体として率い、ステークホルダーの皆様との価値共創に複数の観点から貢献していくという点で、新しい役割の責任の重さを感じています。

減収減益見込みも中長期的な成長の萌芽あり

 当社の製品売上は、コロナ禍でも堅調に拡大してきましたが、2022年度の半ばからリモートワークや巣籠需要による特需の反動からノートPCやタブレット端末向けの部品需要が急減したほか、スマートフォン向けにおいても大幅な在庫調整が起こり、部品需要の低迷が続きました。損益面でも、主要製品の操業度の低下と原材料費やエネルギー費など製造コストの上昇を、円安効果や合理化、上昇したコストの価格転嫁で打ち返すことができませんでした。その結果、当社の2022年度の業績は、売上高で前期比6.9%減、営業利益は同29.8%減と大幅な減益となりました。

 また2023年度は、年度後半にかけて徐々に部品需要が回復してくると見ていますが、製品価格の値下がり、工場での減産による操業度の大幅な低下、人件費やエネルギー費などのコスト上昇などを見込み、2期連続で減収減益という厳しい想定をしています。

 そのような中ではありますが、注力市場であるモビリティ向けでは、自動車の電装化にともなう売上成長が見込まれるほか、2層目製品の一部でシェア挽回に向けた取り組みが進展しているなど、中長期的な成長に向けた成果も見えはじめています。

厳しい事業環境下においても中期経営課題は着実に遂行

 2022年度は、業績が厳しい中ではありましたが、長期的な価値創造を目指すための基盤づくりに関して一定の成果がありました。具体的には、「Vision2030」の第1フェーズである「中期方針2024」で掲げた、「経営変革の推進」、「ポートフォリオ経営の高度化」、「筋肉質な経営基盤の形成」、「2030年への備え」の4つからなる中期経営課題については、計画どおり取り組みを進めることができました。

 「経営変革の推進」においては、経営管理プロセスへの仮説思考の定着に向けて、単年度予算と中期計画を統合し、事業計画のモニタリング指標として数値目標に加え、その前提となる仮説を明確に定め、それを四半期ごとに検証し、環境変化に迅速に対応するための基盤を整えました。サステナビリティに関する取り組みとしては、「RBA(Responsible Business Alliance)」に加盟し、CSR統括委員会の中に人権委員会を設置したことに加え、持続的な成長を実現するためにサステナビリティ投資促進制度を導入しました。当制度のポイントは2点です。1つ目は、投資を促す仕組みとして回収期間の判定緩和や特別枠の設定を設けたこと、2つ目が社内カーボンプライシング(ICP)制度を適用したことです。ICPに関しては、管理会計上で温室効果ガス排出量を費用認識する点が特徴的です。

 「ポートフォリオ経営の高度化」においては、3層構造のポートフォリオ経営の実践と4つの事業領域を重要な事業機会として位置付け、価値の創出を図っています。前者に関しては、2021年度に買収したResonant社とEta Wireless社との経営統合を進め、2層目ビジネスでの差異化技術の強化を図りました。後者に関しては、基盤領域のうち、モビリティ領域において、コンデンサの生産能力増強やインダクタなどで新製品投入を積極的に行い、プレゼンス向上に努めました。挑戦領域においては、自社製のエネルギーマネジメントシステムの自社工場での展開を進めたほか、次世代に必要とされる新規事業の創出を目指して環境ファンドへの出資も行いました。

 「筋肉質な経営基盤の形成」においては、人的資本の強化やリスクマネジメントの高度化に取り組みました。人的資本の強化においては、次期経営幹部人材の育成に加え、さらにその次の世代のリーダーを育成するプログラムである「Make2030」を立ち上げ、幅広い世代のタレントが現経営層とともに長期的な経営課題に取り組む体制構築を進めています。また、近年リスクマネジメントには力を入れており、社外取締役の知見も借りながら、当社の価値創造プロセスに資するリスク管理体制を整備しました。こうした取り組みを踏まえて、リスク管理を経営の最重要課題であることを明確にするため、これまでCSR統括委員会の管下にあったリスク管理委員会を、代表取締役直下とする機関変更を2023年4月に実行しました。新体制下で、ビジネスチャンスにもリスク管理の対象範囲を広げ、また仮説思考にもとづく変化対応型経営のテーマとの連携も図りながら、リスクマネジメントのさらなる高度化を目指していきます。

 「2030年への備え」は、事業経営の機会とリスクの評価を進め、必要な備えをアクションとして具体化していく活動です。将来の競争力の源泉となる技術を発掘・育成し、技術を支える知的財産戦略を立案して実行することに加え、将来起こり得る脅威に対して、グローバルでのネットワークをつなぎ、リスクに関するシナリオプランニングを進めています。

機動的な財務戦略と投資家層の拡大に向けて株式分割を実行

 財務戦略については、中期方針2024で掲げた方向性に変更ありません。DOE(株主資本配当率)4%と配当性向30%以上を目安に安定的な配当の増加を基本方針とし、長期的に株主様の期待に応えていきます。手元資金は売上高の2.5~3.5か月を目安に保有し、突発的なリスクや迅速に実行すべき戦略的な投資に備えます。2022年度には、11年ぶりに800億円の自己株式取得も実施しました。今後も中長期視点での事業機会とそれに対応する投資計画や手元流動性の水準などを見ながら機動的な財務戦略を実行していく考えです。

 また、2023年5月に、10月1日を効力発生日とした、株式分割(1株につき3株の割合をもって分割)を適時開示しました。当社株式の投資単位当たりの金額を引き下げ、個人投資家の皆様が売買しやすい投資単位とすることで、投資家層の拡大と市場での流動性の向上を目的としています。当社のようなBtoBのビジネスモデルは個人投資家の皆様には分かりにくい面もありますが、ムラタの価値創造ストーリーを魅力的に感じていただけるよう、IR活動をさらに進化させてまいります。

社是を軸とした一貫性のある経営哲学の実践、さらなる高度化へ

 当社では、社是を中心とした創業以来の経営哲学が、垂直統合型のビジネスモデルとそれを補完する経営管理の制度に組み込まれ、人と組織の深層に価値観や行動指針としても浸透しています。つまり、経営理念にもとづく経営という点で一貫性があり、当社では、それらを総合して価値創造プロセスにおける「組織資本」と定義し、それを磨き続けています。

 例えば、当社の社是の中に「科学的管理を実践し」というフレーズがありますが、これは源流管理を徹底するモノづくりのシステムや品質管理の制度、グローバルマーケティングのプロセス、管理会計の各制度に反映されています。特徴的な制度として、当社では創業者の時代から、売上債権や棚卸資産、生産設備などに一定の金利率を掛けて計算した社内金利をコストとして認識する仕組みを管理会計制度に実装しています。社内金利率は資本コストを考慮して決めていることから、各事業部や工場が事業運営において資本コストを自然と意識することが可能となっています。合わせて、ROICの考え方も社内で浸透しており、過去から事業評価の最重要KPIと位置付けてきました。

 当然ながら、時代の変化に合わせて経営管理制度を高度化し、経営の実行性を高めていくことも私に課せられた使命です。制度としては、仮説思考が自律分散型経営を支える経営管理ツールとして定着しつつありますが、1層目ビジネスへの収益依存度の高さ、2層目ビジネスの立て直し、3層目ビジネスの新しいビジネスモデルの構築といったポートフォリオ経営の実践に関しては課題が残ります。それらについては中期方針2024の期間内で成果を示していきたいと思います。また、先に述べたICPの事業・品種別損益への計上は、温室効果ガス排出量削減のための戦略策定も事業管理者の責任であることを明確にし、現場への方針展開につなげることを意図したものです。今後も、社会の要請と当社のビジネスモデルの構築に応じた経営管理プロセスの進化を図っていきます。

持続的な成長に必要な「稼ぐ力」を強化

 2022年度のROIC(税引前)は、営業利益率の低下に加え、設備稼働率の急激な低下や棚卸資産の積み増しによる資産効率の悪化により、前期の22.6%から14.6%と大幅に低下しました。棚卸資産の増加は、需要回復期に備えたものでしたが、2023年度も想定より部品需要の回復のペースが緩やかであることから、追加的に減産を実施し、2023年度末に向けて適正な水準まで在庫月齢を引き下げるオペレーションを実施しています。

 短期的には低操業が続く一方、5G から6Gといった通信システムの進化やネットワークインフラの構築、電動化と自動運転技術の普及とその先のモビリティのさらなる進化、環境・ウェルネス分野へのエレクトロニクス産業の広がりを考えると、当社の事業機会の拡大は続きますし、その備えとして当社の競争優位性の維持・拡大に向けた投資も必要です。部品需要が落ち着いている今の時期だからこそ、将来の成長機会に備える必要があるため、2023年度は中期方針2024のキャピタル・アロケーションで示した設備投資と戦略投資(環境投資、M&A 等成長投資、IT インフラ強化等)を着実に実行していく考えです。

中期方針2024 キャピタル・アロケーション

 成長投資を実行したうえで経営目標に掲げたROIC(税引前)20%以上を達成するには、さらなる営業利益率の向上と資産効率の改善が必要です。ROIC向上に向けては、当社のパートナー企業や従業員にその負担を押し付けるやり方は、当社の社是にある「協力者の共栄」に反しますし、中長期的に見ると資本コストの上昇や経営資本の毀損につながる行為であると考えています。

 それを踏まえたうえでのROIC向上策としては、スマートファクトリー化の推進やデジタルを活用した生産性向上策の実行はもちろん、事業性評価制度を活用してしっかりと事業ポートフォリオを回していくことが肝要です。事業や技術の新陳代謝を促すとともに、資本効率の改善や事業の選択と集中などの課題を解決して財務的成果に結び付けていくことを経営の最重要課題と位置付け、経営会議や取締役会で丁寧に議論しながらポートフォリオ経営を加速していきます。

ステークホルダーとの対話を通して持続的な価値創造を実現

 Vision2030の策定にあたり、製品と技術で業界をリードしてきた当社が、これからは「社会価値と経済価値の好循環を生み出し、お客様や社会にとって最善の選択となる」という新たなビジョンを掲げました。社会価値と経済価値の好循環を図り、ステークホルダーの皆様との価値共創により持続的に価値を創造していくためには、その実現までのシナリオとマイルストーンを経営戦略とともに明確化し、それを人材戦略、DX戦略、サステナビリティ推進戦略と連動させ、それらをリスク管理の仕組みやガバナンス体制が支えていく必要があります。

 コーポレート本部長として、価値創造シナリオの具体化を推し進め、ステークホルダーの皆様との対話を通してその実現可能性を高めていきたいと思います。引き続きご指導とご支援を賜りますようお願い申しあげます。