Murata value report(統合報告書)

技術・事業開発本部長メッセージ

将来の事業機会を見据え、
必要な技術開発や外部連携による
「知のコラボレーション」を推進

取締役 専務執行役員
技術・事業開発本部 本部長
医療・ヘルスケア機器統括部担当

岩坪 浩

※掲載している内容は2023年9月29日時点のものです

エレクトロニクス業界の現状認識と技術開発の方向性

 まず、エレクトロニクス業界の現状認識について私の考えを申しますと、近年の当社の成長を牽引してきたスマートフォンやタブレットPC の市場が成熟期を迎え、アプリケーションの移行期に差し掛かっていることは否めません。このことは誰もが予測できたことですが、コロナ禍を契機に消費者マインドが冷やされたこともあって、5Gの通信技術を活用したアプリケーションや大人数が集まるイベント向けの需要が先延ばしとなったことが当社の部品需要にとってはさらなる痛手となりました。また、モビリティ市場向けのビジネスについて、xEVの普及や自動運転技術の進展など今後も安定した成長が期待できるものの、現時点では通信市場向けの需要の落ち込みをカバーするまでにはいたっていません。このような中、2030年以降のエレクトロニクス領域の拡大に向け、技術の進化をある程度先読みできる既存事業領域での研究開発を着実に進めるとともに、ムラタがまだ足場を固められていない新規事業にも投資を継続して、将来成長に向けた備えを実行していく考えです。

事業の発展を⽀えるムラタのコア技術

 当社は材料から製品まで垂直統合型の一貫生産体制を構築しており、これまでに複数のコア技術を形成してきました。その中でも材料技術は強みのひとつです。電子部品メーカーの中で、材料から特性面の改善に取り組むことができている企業は多くありません。例えば、積層セラミックコンデンサで使用されるチタン酸バリウムなどの材料に微量の添加物を加えるだけで特性が大きく変わります。当社は、長い年月をかけて材料技術の追求やノウハウの蓄積を行ってきたことによって、機能性セラミックスを中心に材料クラスターが生まれ競争力を高めてきました。近年、マテリアルズ・インフォマティクスの登場や化学分析技術の発展もあり、材料技術だけでは優位性を確保できなくなるリスクがあるのも事実ですが、良い材料があれば良い製品ができるわけではなく、生産プロセスや製品設計などの使いこなしにも独自の技術が必要になります。材料技術と合わせてこれらの技術もプラットフォーム化し、コア技術に磨きをかけていくことで、さらなる差異化技術、そしてイノベーションを生み出していく考えです。

 また、材料技術の追求は新たなビジネス機会の創出にもつながると考えています。材料クラスターが拡大する中で、当社が挑戦領域と位置付ける環境・ウェルネスにおいても活用できる可能性のある材料技術の研究も進めています。

ウェルネス領域における事業を通じた社会課題解決への貢献

 ムラタは長期構想「Vision2030」の中で、3層ポートフォリオ経営の実践を謳い、1層目、2層目の技術革新により、会社の規模を大きくしてきました。3層目事業では今まで以上に企業や大学、研究機関といった社外の方々との連携を強化しながら、研究開発を進めることができており、社内の議論の中身も濃くなってきていると感じます。その成果として、3層目における新製品の上市は過去に比べて速いペースで行うことができています。特に、ウェルネス領域は、未病改善という観点から世の注目度は高まってきており、ムラタのエレクトロニクスを活用して、健康を維持・増進し、人々の豊かな生活につながるハードウェアやソリューションがいくつか出てきています。

 今のムラタの事業規模から見たときに、なぜ数億円規模のビジネスに取り組むのか疑問を持たれる方もおられるかと思いますが、先行き不透明な世の中において3層目事業は当社の将来の選択肢を広げるための手段のひとつであり、持続的な価値創造に欠かせないものと考えています。今までムラタの知見のなかった領域でビジネスを行うことはリスクではありますが、リスクをおそれ過ぎると大企業ほど挑戦は難しくなるものです。そのため、まずは財務基盤を毀損しない範囲でクイックサクセス、スモールサクセスを積み重ねていくことで当社が強みを発揮できる領域を見定め、事業化シナリオが整った後、必要なリソースを配分していくことによって3層目事業の育成を図っていきます。

医療・ヘルスケア機器の製品事例

輸液コントローラ SEEVOL
業界初のカメラによる液滴検知と患者様の血管に機械的な負荷がかからない自然落下式を採用した輸液装置。患者様にも、医療従事者様にも、より負担の少ないスムーズな化学療法の普及に貢献。

ムラタ CPAP MX
閉塞性睡眠時無呼吸症候群の主な治療法として、睡眠時に装着したマスクに空気を送り込むCPAP療法(持続陽圧呼吸療法)で使用する装置。小型・軽量なため持ち運びが簡便、かつ独自の吸気サイレンサを内蔵し、高い静音性を発揮。

※本掲載情報に医療機器の情報が含まれることはありますが、これらは株主・投資家の皆様を対象にした情報であり、顧客誘引や医学的アドバイスを目的とするものではありません。

異業種との知のコラボレーションの推進

 垂直統合型のビジネスモデルは当社の強みではありますが、イノベーションを促進するためには、社外との共創が必要不可欠と考えています。今、私が特に力を入れているのが、異業種との知のコラボレーション(協働)の推進です。私自身、ムラタの研究開発に長年に亘り携わってきましたが、自前主義のイノベーションにはスピードがともなわず、限界があると感じています。商機を逃すことなく、ビジネスを展開していくには、相手と出会うところからはじまるセレンディピティ(偶発的発見)の重要性を認識する必要があります。今後はさらに、イノベーションの機会をプロアクティブに作り出す仕掛けを実行していきます。

2022年度に開催した「第1回 KUMIHIMO Tech Camp with Murata」では、ムラタの通信モジュールやセンサをスタートアップ企業や大学の方々へ提供して、新しい製品やサービスのアイデアを募り、「ムラタのハードウェアで世界を変える」というコンセプトに合致するユニークなアイデアが多数集まりました。最優秀賞、優秀賞に採択させていただいた企業様とは、アイデアの実現に向けて当社との協業やビジネス化に向けた取り組みの検討を行っていきます。

第1回は、標準品を対象としましたが、2023年度開催予定の第2回は当社ウェブサイトに紹介していない新規デバイスや技術の活用も検討します。また、日本だけでなく、海外での同イベント開催も準備しています。当社の製品や技術を使ってどのような課題解決が新たに考えられるのか、さらにパワーアップさせた形でこのプロジェクトを継続していきたいと思っています。当社の製品や技術とスタートアップ企業や大学の発想力を掛け合わせ、革新的なサービスやソリューションを生み出すことで社会の発展に貢献していきます。

「KUMIHIMO Tech Camp with Murata 」の詳細はこちら別ウィンドウで開く をご覧ください。

意識改革の推進やキャリア形成⽀援によってエンジニアを育成

 また、社外との共創の仕掛けは、ビジネスの機会を創出するとともに、社内のエンジニアが良い刺激を受ける機会にもなっています。当社では、エンジニアの育成に向けて、従業員をベンチャー企業に派遣する「ベンチャー留学プログラム」も推進しています。これはイノベーションの最前線に身を置くことで、学び得ることができる業界の知識や「生みの苦しみ」といった知見をその後の業務や新規事業の立ち上げに活かしてほしいという思いから生まれた取り組みです。当社にとっての未開の地で事業展開するにあたってはたくさんの落とし穴があると思います。そういった場合に、社外の誰と組んで道案内を頼むことができるか、その目利きができる人材を育てていかなければなりません。メーカーにいると社外に出て交渉することを苦手にする人も多くいますが、とにかくエンジニアには外部とつながる機会を持ってさまざまな経験を積ませたいと考えています。

 また、エンジニアのキャリア形成支援も育成における重要な要素のひとつです。特定の技術研究開発に専念する人材も必要ですが、大半のエンジニアは同じ部門に長くいるよりも、人事ローテーションをして2つ以上の技術の研究開発に従事したほうが、当人のキャリアにとっても会社にとっても好ましいと考えています。エンジニアの中には、10年も同じ技術の研究開発を続ければその道のプロだと勘違いしているメンバーもいるように思いますが、2つ以上の経験を持つことで化学反応が起こり、イノベーションが生み出されるのです。当社には多くの技術領域がありますし、若手から中堅、経営幹部候補向けの教育制度や海外若手実務研修制度などのキャリア形成プログラムを用意しています。エンジニアにはそれらを上手く活用して自らのキャリアアップにつなげてほしいですし、管理職も部下の背中を押してあげてほしいと考えています。

 また、エンジニアの中で商品設計や設備開発といった専門スキルを持った人材を高度専門人材として報酬面で厚遇する人事制度も整えてきました。管理職になるためには、部下をマネジメントする能力が必要ですが、技術に特化した人材が処遇面で報われないということに課題感を持っていました。この制度変更によって、技術者の従業員エンゲージメントの向上を図るとともに、外部から優秀な人材の登用を進めることで、持続的にイノベーションを生み出し続けられる組織を目指します。

「Innovator in Electronics」として豊かな社会の実現に貢献

 3層目の新たなビジネスモデルの創出にあたっては、技術やアイデアを速いスピードで事業化していくための仕組みが重要になってきます。事業を判断する場で、10人中8人が一度の説明で理解できるビジネスプランでは、すでに誰かが手を付けていて手遅れであると思っています。今後、当社が注力していく環境やウェルネスといった挑戦領域における社会課題解決の方法は、まだほとんどの人には見えていないものであると認識しています。2030年以降の世界で求められる技術が何かを仮説立て備えていくことで、ムラタだからこそできる新しい価値の創造にチャレンジし、社会価値と経済価値の好循環を生み出していきたいと思います。

 私自身、先に述べたエンジニアの育成はムラタだけでなく、日本の産業界全体の課題と感じています。当社は創業者の時代から、産学連携を大切にしてきましたが、本社の位置する京都から世界に羽ばたくエンジニアが輩出されるよう、企業とアカデミアの垣根を越えた共鳴にも力を入れてまいりたいと思います。ステークホルダーの皆様には、今後とも変わらぬご支援を賜りますよう、よろしくお願いいたします。