Murata value report(統合報告書)

トップメッセージ

デジタルツインを見据えた当社の挑戦 代表取締役社長 中島規巨
デジタルツインを見据えた当社の挑戦 代表取締役社長 中島規巨

※掲載している内容・役職は2025年9月26日時点のものです

2030年に向け、社会はデジタルツインやAIをはじめとする先端技術の進展によって大きな変革期を迎えています。
当社は事業機会の広がりをとらえ、「Vision2030」の実現に向けて挑戦を続けていきます。

デジタルツインが導く2030年の未来

2030年に向け、社会と産業はAI・デジタル技術の目覚ましい進展により変革期を迎えています。私たちの生活やビジネスの現場でも、フィジカル空間(現実空間)とサイバー空間(仮想空間)がリアルタイムで連携する「デジタルツイン」が活用され始めています。当社はこの変化を捉え、「イノベーションで社会価値と経済価値の好循環を生み出し、豊かな社会の実現に貢献する」という企業としてのありたい姿を掲げています。今後も「Global No.1部品メーカー」を目指し、長期構想「Vision2030」の実現に向けて全社一丸となって取り組んでいきます。

2021年11月に発表した「Vision2030」では、2030年に向けた社会や産業の大きな変化を見据え、当社が果たすべき役割や成長戦略を明確化しました。電子部品業界を取り巻く事業環境は、ここ数年で急速かつ複雑に進化しています。なかでも、AIの進化と普及によってデジタルツインが実現され、社会や産業のあり方そのものを変えつつあります。

デジタルツインでは、フィジカル空間のあらゆるデータが、無線通信技術によってサイバー空間にリアルタイムで転送されます。サイバー空間では、AIが膨大なデータを解析し、シミュレーションを重ねたうえで最適な解決策や意思決定を導き出します。その情報が再びフィジカル空間にフィードバックされることで、私たちの日常やビジネスがより円滑になっていくのです。

こうしたデジタルツインは、すでに当社のモノづくり現場にも浸透しつつあります。例えば、スマートファクトリーの推進によって、生産ラインで発生する不良品の要因をデータで瞬時に分析し、その情報を直ちに現場にフィードバックすることで、発生要因そのものを未然に防ぐ「予知保全」の実現に取り組んでいます。現場の知見とAI・デジタル技術の融合は、製造業全体の高度化や効率化を着実に推し進めています。

また、近い将来では医療やウェルネスの分野においても、健康状態がリアルタイムでサイバー空間に送信され、AIが膨大なバイタルデータを解析することによって、最適な診断や治療が即時にフィードバックされる社会が実現するであろうと予想しています。これにより、予防医療の高度化や健康寿命の大幅な延伸が見込まれるなど、社会全体のウェルビーイング向上にも貢献できると考えています。

今後、デジタルツインでは、フィジカル空間における多様なデータ取得・デジタル化が一層重要性を増します。その中で当社が発揮できる強みは、「軽薄短小 / 小型大容量」「広域帯・低損失」「高効率・高電力密度 / パッケージ技術」といった技術領域です。これらの技術は、急速に発展するデジタル社会の基盤を支える存在として、ますますその価値が高まるものと確信しています。

当社はエレクトロニクス業界において、約15年周期で大きなイノベーションの波を経験し、その節目ごとに存在感を発揮してきました。1985年には家電の小型化ブームに応え、軽薄短小な製品で新たな市場を切りひらきました。2000年にはノートPCや携帯電話の進化に対応し、高周波対応のモジュール・フィルタをグローバルに展開し、2015年にはスマートフォン市場の急拡大とともに多くの製品を普及させてきました。こうした歴史は、当社が技術と市場の変化を的確に捉え、業界の変革を牽引し続けてきた証です。そして今、AIの進化による変革が予想以上に早いペースで進行しています。従来の「デジタルツイン」を超え、フィジカル空間とサイバー空間がリアルタイムでシンクロすることで、データの収集→分析・シミュレーション→フィードバックされた情報をもとにした最適化までを人の手を介さずに実行される未来「デジタルシンク」の世界へと、さらなる進化が到来すると私は考えています。このような人々の生活や産業活動が無意識のうちに最適化される時代が迫りつつあります。

当社はこの新たな波にいち早く備え、短期的な成果だけではなく、長期的な視野で技術革新と価値創出の両立を図る経営を今後も継続することで「Global No.1部品メーカー」として、社会を支える価値を創出し続けていきます。

  • ※「デジタルシンク」は当社独自の造語であり、同名または類似の「商号」や「商標」とは一切関係ありません。
「Innovator in Electronics」の波

大きい画像を見る 別ウィンドウで開く

変革期における挑戦と成果

2020年に代表取締役社長に就任して以降、私は「Vision2030」の実現を見据えた最初の中期方針である中期方針2024を掲げ、全社を挙げて取り組んできました。この3年間はスマートフォン市場の成長鈍化や買い替えサイクルの長期化、ボリュームゾーンでの競争激化といった逆風が当社の業績に大きく影響を及ぼしました。また、高周波領域でも期待された先進技術の展開が想定より遅れ、業績を牽引する主なドライバーにはなりませんでした。さらに、電池事業ではターゲット市場の絞り込みなど事業構造改革にも着手しましたが、円筒形電池やMEMS慣性力センサの設備等に係る減損処理を余儀なくされるなど、経済価値目標は未達となりました。振り返れば、反省すべき点は、技術拡大の遅れを予想できなかったことよりも、AIの登場や急速な活用機会の拡大を十分に予知できなかったことにあります。特に、AI・ITインフラ分野への人的リソースや研究開発の重点投資が遅れたことは、本質的な課題であったと認識しています。イノベーションの世界では、予測と仮説にもとづいて迅速に行動することが成功のカギであり、「予想できたはずだ」という自省を忘れず、今後の備えと成長の糧にしていきます。今後は、常に新たな技術や市場の兆しを見極め、先手を打つこと、失敗を恐れず挑戦し続ける文化を組織に根付かせることが中長期的な成長の礎になると私は考えています。

一方で、進展が見られた分野もあります。パワートレインやAD(自動運転)・ADAS(先進運転支援システム)をはじめとした車載向けビジネスでは、当社の技術力が高く評価され、着実な成長を遂げました。特に自動車の電動化の流れの中で、当社の持つ供給力、信頼性、高品質が顧客から高く支持されています。さらに直近ではAIサーバーをはじめとするITインフラ分野における需要が急拡大しており、今後数年はこれらの分野が成長ドライバーとなることが期待されています。こうした新たな市場機会の立ち上がりに対応できる体制を強化し、既存事業基盤に加え、次世代の成長の柱を築いていきます。

また、社会価値目標の観点でも、大きな前進がありました。RE100の達成に向けた取り組みでは各工場での活動を推進し、ネットゼロ目標も計画より前倒しで実現できました。気候変動対応や環境負荷の低減といったテーマは、今や企業の持続的な発展に不可欠な要素であり、この分野でのリーダーシップは当社の国際的な競争力を高めています。しかし、社会価値の向上を経済価値へつなげていくためには、まだ課題も残されています。社会課題解決への取り組みそのものが当社の競争力をさらに強化し、新たなビジネスチャンスの創出に直結する仕組みづくりを進めていく必要があり、今後の重要なテーマとなります。

さらに、サプライチェーンの複線化にも継続的に取り組んできました。地政学的リスクなどグローバルな不透明感が高まる中にあっても、当社は世界中の顧客に対して安定した価値を確実に届けられる体制を着実に構築しています。今後も新たな成長機会を確実に捉え、社会とともに持続的な発展を目指します。

中期方針2027への展望と成長戦略

当社は中期方針2027の達成に向け、特にAIサーバーを中心としたITインフラ市場の成長を牽引するリーディングカンパニーになることを目指しています。エッジデバイスの進化も将来的には大きな波となることが予想されますが、現時点ではソフトウェア中心のデバイスが主流であり、本格的なAI搭載エッジデバイスの普及には、もう少し時間がかかる見通しです。一方で、AIサーバー市場は、今まさに拡大フェーズに突入しており、ハイパースケーラーによる大規模投資が加速しています。AIサーバーはその規模や構成部品の多様さ、そして調達サプライチェーンの複雑さなどから、従来とは異なるスピードと柔軟性が求められています。当社は、幅広い製品ラインアップと小型・大容量・高効率を実現する技術力を武器に、AIサーバー市場における幅広い顧客層に対し、短納期かつ最適なソリューションを提供することで、市場をリードしていきます。
また近年では、AIサーバーにおける電力供給がボトルネックとなり、消費電力の低減が不可欠なテーマとなっています。当社は、電源ユニットや関連部品の技術開発をより一層強化し、設計段階からお客様と密に連携することで、消費電力を最適化したソリューションを実現していきます。これによりAIサーバーに不可欠なコンデンサ、インダクタ、電源などの領域で、競争優位性をさらに高めることができると確信しています。さらに、2026年以降にはエッジデバイスが市場に本格的に登場し、2027年には5G advancedなどの普及や、自動車分野でもレベル3以上のAI搭載モビリティなど、非連続的なイノベーションの波が押し寄せてくると予想しています。こうした大きな変化の中で、当社はAIサーバーだけでなく、デバイス側でもAI機能が搭載される世界を見据え、引き続き最先端技術と市場変化への対応力を磨き続けます。
このような成長機会を確実につかみ取るためには、顧客ごと・用途ごとに最適な製品提案を行うとともに、サプライチェーン対応力のさらなる強化も不可欠です。当社では3層ポートフォリオを軸に1層目の標準品型ビジネスにおいて高いシェアと商品力を武器とし、2層目の用途特化型ビジネスでは顧客戦略の再構築を進めています。とりわけ、「どの顧客に、どの製品を、どのような価値として届けるのか」というWho / What / Howを明確化することが、2層目の収益力回復のカギであると認識しています。さらに3層目となる新規事業・ソリューション領域については、当社にとって新しいビジネスモデルを生み出す挑戦の場であり、中期方針2027に向けては、当社から部品の使い方や使われ方をお客様に提案する「マーケットアウト」の発想でソリューションを提供していきます。今後、お客様から見た「部品」の定義が変化していくと私は考えています。単なる部品供給だけではなく、モジュール、ソリューションと求められるものに合わせた幅広い製品力と対応力により、3層ポートフォリオ全体で価値を提供していきます。中期方針2027の達成は、当社が未来に対して果たすべき責任であり、その実現に向けて強い決意と行動力をもって挑戦し続けます。

持続的な価値創造に向けて

私は企業価値とは、当社の現在の稼ぐ力と将来への期待値の総和であると理解しています。そのため、足元の収益力と将来に向けた技術革新や市場創出などの成長可能性の双方を重視することが必要です。現時点での短期的 / 中期的な当社の業績見通しが資本市場の期待に届いていないことは、真摯に受け止めています。今後は、足元の収益力を確実に回復・強化するとともに、将来に向けた成長投資の解像度を高め、資本市場に対して成長可能性をわかりやすく説明する責任があります。加えて、組織全体が「成果に貪欲」になり、目標達成に向けて一丸となって挑戦し続ける必要があると私は考えます。近年、組織の中で「必ずやり切る」という執念がやや希薄になりつつあることを課題と捉えています。だからこそ、経営の圧倒的な透明性とスピード感を持ち、予定調和ではなく侃々諤々の議論が生まれる組織風土を醸成し、全員が自律的かつ主体的に成果を追求する組織風土を再構築していきます。
また、2025年には組織体制の若返りも進めています。新たな執行役員の登用をはじめ、次世代リーダーたちが中心となって部門を率いる体制に移行し、組織全体に新たな活力と柔軟性をもたらしています。これは、当社が次の変革の波である「Vision2030」の実現に向けて、より機動力と柔軟性を備えた企業へ進化するための重要な布石です。さらに、デジタルツインによる社会変容を先取りした経営と、社会価値と経済価値の好循環を生み出すイノベーションへの挑戦を重ねることで、豊かな社会の実現に一層貢献していきます。AIが加速度的に進化し、社会全体が大きく変わる時代においても、お客様や社会から「最善の選択」として選ばれ続ける企業であるために、当社は常に自らを革新し続けます。

これからも当社は、テクノロジーの進化とともに社会の要請に応え、変革を恐れず挑戦し続けることで、新たな価値を創造し、すべてのステークホルダーの皆様と持続的な発展を分かち合っていきます。どうぞ引き続き、当社の挑戦と進化にご期待いただけますよう、よろしくお願い申しあげます。

お客様や社会から「最善の選択」として選ばれ続ける企業であるために、当社は常に自らを革新し続けます

中島社長に聞く ムラタの組織づくり

Q. CEO就任前後での価値観の変化はありましたか?

answer

私がCEOに就任する以前は、主に事業拡大や利益成長といった「事業としての成果」を最優先事項として取り組んできました。しかし、経営のトップとして全体を見る立場になってからは、それ以外のことも考えることが多く出てきたというのが本音です。業績の向上だけでなく、環境保全や企業価値の本質的な向上、さらには産業構造やエレクトロニクス業界全体における当社の立ち位置まで、視野を大きく広げる必要性を感じています。例えば、私が環境問題への対応を打ち出した当初は、社内での理解や共感を得るのに苦労しました。しかし、実際に行動し、小さな実践を積み重ねていくうちに、持続可能な社会の実現こそが企業価値の持続的な向上につながることを徐々に浸透させていくことができました。今では、事業活動を通じて社会や環境へポジティブなインパクトをもたらすことが、経営の大きな役割であると認識しています。

一方で組織内には依然として産業全体を俯瞰し、多角的な視点から語れる人材が十分に育っていないことも課題だと感じています。役職が上がるほど広い視野と総合的な判断力が求められることは自らも自覚しています。これまで自分が積み重ねてきた技術や経験を活かしつつ、経営者としては一層、包括的かつ長期的な視点で組織をリードし、次世代のリーダー育成にも注力していく責任をあらためて感じています。

Q. 部品の定義が変わるとはどういうことですか?

answer

これまでの時代において、ラジオやテレビを製造する現場では、小型のコンデンサやインダクタなど、単体部品を個別に購入し、製品を一から組み立てることが一般的でした。しかし、スマートフォンをはじめとする多機能かつ高集積な機器が主流となった現代では、すべての機能を一から設計するのは非効率であり、複数の機能をまとめた「モジュール」や組み立て部品が必要とされています。

今後さらに新たな分野を開拓していく過程で、「部品」という言葉の定義はより広がっていくと私は考えています。例えば、インフラ分野においては、単なるハードウェア部品の供給だけでなく、ソフトウェアやサービスまでを組み合わせて提供する「提案型ビジネス」そのものが、顧客にとっての「部品」となる可能性があります。すなわち、「使う人が最小単位だと考えるものが部品である」と言い換えることができ、今後はハードウェア中心のビジネスだけでなく、ソリューションやサービス提案型のビジネスもますます重要になってくるのです。そのため、今後も3層ポートフォリオを武器に、標準品型ビジネスや用途特化型ビジネスにとどまらず、新規事業・ソリューション領域まで取り組むことで、広がるお客様の「部品」ニーズに対応していきたいと考えています。

Q. 侃々諤々の議論が今なぜ必要なのですか?

answer

私が経営の中で重要視していることのひとつは、社内の圧倒的な透明性と侃々諤々な議論(いわゆる立場や役割を超えた活発な議論)が自然に生まれる組織風土を醸成することです。かつては「情報を多く持つ人が偉い」という暗黙の価値観が根強く残っている時代がありました。しかし、現代のように情報が高速かつ広範囲に流通し、人材の流動性が増す環境下では、誰もが平等に意見を発信できる場を整えることが不可欠だと強く感じています。そのため、私は率先して社内ブログなどのコミュニケーションツールを活用し、自分自身の考えや経験、感じた課題などをオープンに発信することを心がけることで、情報共有の文化醸成に努めています。もちろん、私にできることはまだ多くあり、今後はさらに、対面での議論の場も積極的に設け、部門や職位の壁を越えた意見交換を活性化していきたいと考えています。こうした情報共有の文化が広がることで、社員一人ひとりが自発的に事業に参画し、「どうすればより良くなるか」を自ら考え、行動する意識が高まっていると実感しています。

実際、最近の社内サーベイや現場訪問の中でも、成果を上げている職場ほど、現場のオペレーターを含めた多様なメンバーが積極的に意見を出し合い、課題解決に主体的に取り組む様子が顕著に見られます。私自身、重要な課題であればあるほど、完璧な答えを待つのではなく、まずは率直に課題や方向性を発信し続けることが、組織の変革や成長の起点になると確信しています。こうした「発信と対話」の積み重ねこそが、多様な意見やアイデアを取りこぼさず、組織の可能性を最大限に引き出す基盤となると私は考えています。引き続き、透明性とオープンな議論を柱とした組織づくりに取り組み、イノベーションを生み続ける企業風土を高めていきます。