アプリケーションノート

セットの小型化と性能向上に貢献するムラタの振動子向けICマッチングサービス

ムラタは30年以上前からICメーカー向けやICを使用する家電や車載電装メーカー向けにセラミック振動子のICマッチングサービスを行っています。毎月数百件の評価依頼をいただいており、お客様のセットにおける評価工数の低減に貢献しています。また2008年より水晶振動子のICマッチングサービスも開始しており、より周波数精度が必要とされる通信機市場向けサービスにも対応しています。

振動子が使用される市場により、求められるICマッチングも異なります。ここでは、その内容についてご紹介します。

1. 振動子向けICマッチングとは

振動子は発振回路を内蔵したICと組み合わせて使用されます。そのICの発振回路にはインバータなどの反転増幅回路が内蔵されており、この内蔵インバータの特性が各ICごとに異なっています。またお客様が設計する基板の状態、振動子の特性、IC印加電圧ほかの変動要因が存在します。これらの変動要因により、図1のような異常発振が発生する場合があります。異常発振が起こった場合、セットは正常に動作しなくなります。このような問題を発生させないため、ムラタではICが搭載された実装基板をお客様より借用し、ICマッチング評価を行っています。

またICマッチングのもう一つの重要な目的は発振周波数の合せ込みです。USB/CANなどの有線通信やBLE/Wi-Fi®などの無線通信では通信品質を確保するためにそれぞれの規格ごとに必要周波数精度が規定されています。代表的な通信規格の必要周波数精度を表1に示します。お客様で開発中の評価ボードを借用し、モデルごとに正確な発振周波数を確認することにより、最適な発振回路定数や製品仕様を決定しています。これらの評価サービスをICマッチングと呼んでいます。

図1. 異常発振例

通信規格 必要周波数精度
CAN ± 3000 ppm 以内
USB2.0 ± 500 ppm 以内
USB3.0 ± 300 ppm 以内
SATA ± 350 ppm 以内
NFC ± 500 ppm 以内
BLE ± 50 ppm 以内
Wi-Fi ± 20 ppm 以内

表1. 通信規格別必要周波数精度

2. 商品別・市場別のICマッチング対応

振動子には、セラミックスと水晶の2種類があります。ムラタはセラミック振動子をセラロック®の名称で30年以上前に商品化しており、現在でも世界シェア70%を誇っています。特に車載市場でのシェアが高く、世界シェア90%を占めています。図2にセラミック振動子の評価回路図を示します。ICに印加する電圧や温度を可変しながら、発振振幅・発振波形・発振余裕度ほかを確認し、最適な抵抗値や容量値を決定しています。図3にセラミック振動子の評価結果一覧を示します。ムラタは発振回路が動作しているだけでなく、ICが安定に動作していることが必要と判断しており、電装市場向け振動子の判定基準に、製品の下限品での最低発振振幅を設定し、測定結果をお客様に報告しています。

次に発振回路の安定性だけでなく、セットの性能や電気特性を測定し、提供しているサービス例を3件説明します。まず1件目はHDDや光ドライブなどのPC用途で採用されている水晶振動子のUSB通信品質テスト結果です (図4) 。USBやSATA通信に対応した機器は、その通信認証を取得するために必ず信号品質テストを実施しています。ムラタでは通常ICマッチングデータに加え、USBやSATA通信の信号品質の確認データなども取得し、提出しています。これにより、お客様での評価工数削減に貢献しています。

2件目は、2014年よりWi-Fi®などのRF市場向け高精度水晶振動子の量産を開始しており、トータル周波数精度±20ppm以下に対応したICマッチングサービスを行っています。RF市場ではスマートフォンのような電池駆動のセットが主流であり、セットメーカーやICメーカーは少しでも電池を長持ちさせるために短時間動作の低消費電力化にも力を入れています。図5にBLEモジュールにおけるμSスケールでの消費電流の測定結果を示します。BLEメーカーやICメーカーはこれらのデータを参考に使用する水晶振動子の周波数や製品サイズなどを決定しています。

3件目は、Wi-Fi®向けEVM測定サービスです。EVMとは無線信号の変調精度のパラメータであり、EVMの値がよいほど、無線の通信品質がよくなります。図6にEVM測定結果を示します。現在、振動子パラメータによるEVM改善を検討しており、発振回路定数でEVMが低減できないかを検討中です。またEVMを改善するための振動子のパラメータも明らかになってきており、それらのパラメータを新商品の仕様に反映させています。

図2. セラミック振動子評価回路

図4. 水晶振動子USB信号品質テスト結果

Characteristics
特性
Value
測定値
Criterion
基準
Oscillating Voltage
発振電圧
(Vset=13.5V, 25deg. C)
(Vcel=2.1V)
Vcel is driving voltage of oscillation circuit Vcelは発振回路の電圧を表します
Typical sample
標準品
VIH 2.2 [V] ≤2.4V
VIL -0.2 [V] ≥-0.3V
VOH 2.1 [V]
VOL -0.3 [V]
R1 limit sample
R1 規格限界品
Vlp-p 1.9 [V] ≥0.4 x Vcel
( ≥0.84V)
VOp-p 1.9 [V]
Starting Voltage
発振開始電圧
(-40 to +85deg. C)
Typical sample
標準品
3.7 [V] ≤8.0 [V]
R1 limit sample
R1 規格限界品
3.7 [V]
Oscillation Start up Time
発振立ち上がり時間
(Typical sample at Vset=13.5V,25deg. C)
3.06 [ms]
Frequency Correlation (Reference)
発振周波数相関 (参考値)
(Typical sample at Vset=13.5V,25deg. C)
No Frequency Shift
Negative Resistance Analysis
発振余裕度
(at Vset=13.5V,25deg. C)
Rs_max
[ Ω ]
Calculated Rs
[ Ω ]
Ratio
[Times]
240 62 3.9

図3. セラミック振動子測定結果

図5. 短時間での消費電流測定結果

図6. Wi-Fi® モジュールでのEVM測定結果

3. 海外でのICマッチングサービス強化

現在、海外セットメーカーからのICマッチング評価の比率は約40%です。今後、高精度水晶振動子の評価が増加すれば、さらに割合が増えると予測しています。

一方、海外のお客様が日本のムラタに評価用基板を送付するには、輸出手続きが必要であり、かつ税関通過と日本内外の移動時間は最低でも2日以上が必要になります。そのため、お客様はムラタにICマッチングを依頼しなかったり、地場の同業メーカーを選択しているケースが見受けられます。そこで、ICマッチングを増やす施策として、海外拠点でのICマッチング評価を進めています。まずは2012年より中国の上海ラボでセラミック振動子と水晶振動子のICマッチング評価を開始しています。社内の関連部門と協力し、現地の評価メンバーが直接お客様の設計者と中国語でコンタクトすることにより、お客様のニーズ把握やよりいっそうの納期改善を図っています。

今後は他の地域でもICマッチングラボの立ち上げを検討しています。もちろん基板借用ができないお客様に対しては、日本からの出張によるICマッチングサービスを継続していきます。

4. ICメーカーへのリファレンス活動

ムラタは、セラミック振動子を商品化した30年以上も前からICメーカーへのリファレンス活動を行っています。具体的な活動内容は、開発中のICを借用し、振動子との組み合わせで最適な発振回路定数を決定し、その確認データをICメーカーに提供する、というものです。ICメーカーはICの発振回路部分の出来栄えを確認でき、自身のお客様に対しての安定発振の保証にも活用しています。長年の活動により、多くのICのBOMにムラタの振動子の品番が記載されており、ICメーカーのHPにはムラタが取得したマッチングデータが公開されています。これまで取得したICメーカー向けマッチング確認結果は50社以上で対象ICは3,000タイプ以上、周波数別の確認件数は20,000件以上に上ります。その莫大な確認結果をムラタのHPで公開しており、誰でも簡単に閲覧することができます。是非ムラタHP上の検索ポータルの「IC-タイミングデバイス検索」をご利用下さい (図7) 。

図7. ムラタでのICマッチング検索結果

5. 小型品に対する発振余裕度の考え方

ムラタは水晶振動子の小型化を進めています。水晶振動子を小型化する場合、内蔵する水晶ブランクも小型化する必要があります。その場合、どうしても水晶ブランクの振動漏れが大きくなるため、振動子の等価直列抵抗 (ESR) が悪化する傾向があります。水晶業界では過去からパーティクルの問題があり、パーティクル対策として、民生市場向けは発振余裕度5倍以上、車載市場向けは発振余裕度10倍以上を確保する慣習があります。一方IC側も低消費電力化のために、発振回路に内蔵されているインバータの出力を抑制する傾向も出てきており、上述の慣例的な発振余裕度の基準を満たせない場合が増えてきています。そこでムラタではHCR®の特徴を活かし、発振余裕度が基準以下でも問題なく使用できることを説明しています。ムラタのHCR® シリーズは、セラミック基板に金属キャップをエポキシ樹脂で封止する構造を採用しています。樹脂封止構造の特徴は適度に水分を通すことです。ムラタのHCR®シリーズは商品化当初より、量産工程内で高温高湿環境下によるパーティクル除去 (ムラタ特許技術) を実施しています。現在この特徴を活かし、HCR®固有の新しい発振余裕度の基準を作成しています。

6. おわりに

ムラタが水晶振動子の主要民生市場と考えているWi-Fi®やチューナのモジュールはさらなる小型化が進み、振動子は1210サイズの超小型品が検討されています。よって、これまで以上に発振余裕度の確保やセットでの特性確保に対するマッチングサポートが必要となっています。さらに発振回路で使用される抵抗やコンデンサは0402サイズ以下になってきており、マッチング評価用の小型部品実装スキルも必要とされています。近い将来、超小型モジュールの性能向上のためにはムラタのサポートが不可欠と言われるようにセット性能の向上へのサポートを強化し、それらを全世界でサポートする体制を構築していきます。

用語解説

*1 SATA:

Serial ATAの略。コンピュータとハードディスクや光ドライブなどの記憶装置を接続する規格の拡張仕様の一つ。

*2 BLE:

Bluetooth Low Energyの略。2.4GHz帯で免許不要の小電力の電波を使った無線通信の方式。

*3 EVM:

Error Vector Magnitudeの略。デジタル信号の変調精度を表す。

*4 BOM:

Bill of Materials の略。製造業で用いられる部品表の一形態。製品を組み立てるときの部品の一覧。