取材協力 天体望遠鏡・ドーム製造 株式会社西村製作所 代表取締役 西村光史氏・製造統括部長 関敬之氏
望遠鏡の代表的な用途といえば、天体観測。かのガリレオは天体観測によって地動説を確信し、日本では徳川吉宗も天体観測を行ったという。望遠鏡はまた、古来より通信にも利用されてきた。近年は、レーザーによる人工衛星との光通信に活用。レンズや鏡、架台、ドーム、制御ソフト、これらが渾然一体となることで、精度の高い観測が可能となる。世界でもっとも高所の天文台に望遠鏡を設置したのは西村製作所。世界最大の望遠鏡を作ったのも日本の電機メーカーだ。日本の技術が、望遠鏡の未来を切り拓く。
外国品を出発点に、高精度な望遠鏡を製造
日本での望遠鏡づくりは、戦後大きく伸展したが、その基礎は戦前~戦中に培われた。明治時代、望遠鏡 (双眼鏡) はドイツより輸入したものが多く、日露戦争時、軍は外国品を使用。当時、東郷平八郎元帥の使用した双眼鏡は、カールツアイス社のものとされている。日本製のものとしては、1911年に東京の藤井レンズ製造所 (現ニコン) が製造販売した双眼鏡があり、これは海軍に軍用として採用された。
西村製作所が反射望遠鏡を国産として初めて製作し、京都大学に納入したのは1926年のこと。1929年には、国産初の15cm屈折望遠鏡を製作、納入した。引き続き1932年にはアインシュタイン効果観測用望遠鏡を製作、京都大学に納入している。その後、東京天文台 (現国立天文台) への納品や反射式望遠カメラの製造などで技術を磨き戦後を迎える。
望遠鏡製造で難易度が高いのは、"より暗い星を見たい"という要望だ。暗い星を見るには、レンズや鏡の口径を大きくして、光を集める必要がある。加えて、分解能に優れていることが重要。たとえば、天体望遠鏡なら恒星を回っている惑星を見つけるときに、小さな2つの点が固まって見えるのではなく、別々のものとして見えるかどうか。そのためには、レンズや鏡が精度の高いものであること、理想的な球面、非球面になっているかを測定する技術が必要だ。さらに、精度の高いものを組み立てていく技術が欠かせない。組み立てるときのわずかな誤差が命取りなのだ。
望遠鏡の構造は、発明当時からほとんど変わっていない。しかしながら、精度は向上した。その精度を出せるのが、西村製作所の強みだ。「戦前には先代社長が組み立てて調整すると、二度と同じものはできないといわれるほど精度が出た」と西村社長はいう。一つひとつの部品の精度もさることながら、それらを組み合わせていく調整力にも秀でている。特に天体望遠鏡の場合、世界に1台だけの特注品となることが多く、現地で組み立てるノウハウが固有技術となる。
赤道儀から経緯儀へ、進化する望遠鏡
日本の制御技術、モノづくりが活かされている
標高5,640mに、口径6.5m
世界でもっとも高所の望遠鏡
西村製作所の技術が活かされた好例が、標高5,640m、世界でもっとも高所に位置する天文台「TAO」だ。南米チリにあり、東京大学が赤外線観測によって銀河の誕生や惑星の誕生の解明に挑んでいる。ここには口径1mの望遠鏡とそのドームがあり、2011年には世界でもっとも標高の高い天文台としてギネス世界記録にも認定された。現在、さらに口径6.5mの新TAO望遠鏡の開発が進む。その望遠鏡を納めるドームなど、すべてを同社が手がけている。
世界最大の望遠鏡は、ハワイ島の標高4,200mの位置にある口径8.2mの赤外線望遠鏡。TAOに新しい望遠鏡が完成すれば、それに次ぐ規模となる。
地上からの天体観測は、天体からの光が地球上の大気によって吸収され、散乱するため、感度が低下する。上空大気量が少なく、乱れのより少ない高地に天文台を設置することで、高感度で精度の高い観測を行うことができる。大気圧は標高が高くなるにつれて下がり、5,000mでは地表付近の約半分になる。問題は気流で、標高5,640mにおける気流は観測データの質を左右するため、新TAO望遠鏡は世界最高水準の天文観測性能を求められている。その要求を満たすためには、望遠鏡ドーム内外の気流を考慮して構造物の形状を最適化し、観測中には望遠鏡ドーム内の気流を制御する必要がある。この新TAO望遠鏡のプロジェクトは、2017年度内に完了する予定だ。
人工衛星とレーザーを使った光通信、
望遠鏡の新しい未来
近年、同社が手がけているのが、望遠鏡を活用した光通信システムだ。情報通信研究機構 (NICT) からの依頼で取り組んでいるもので、小型衛星に光通信用レーザー発振器などを搭載し、地上からもレーザーを照射する。極めて直進性の強いレーザー光によって、宇宙空間と地上とのコミュニケーションを実現しようというものだ。低軌道を周回する小型衛星は、自ら発光していないと地上から見える可能性は低いが、近赤外線を発する衛星は、地上望遠鏡による位置観測および軌道決定ができる可能性がある。
基本的なシステムは天体望遠鏡と同じだが、星を見るのと違うのは、人工衛星の動きが速いこと。望遠鏡がそれについていく技術が必要だ。「角度の精度でいうと、10秒角もずれない」と関製造統括部長はいう (円周360度分の1が1秒角で、10秒角は0.0028度となる) 。
同社では、望遠鏡と架台、それを納めるドームなどのハード部分のほか、星や人工衛星を追尾するプログラムも手がけている。各種の天体が登録された天体観測のオリジナルソフトウェアは、日時を設定することにより、ある天体がどの方向で観測できるのかを瞬時に判断する。極軸設定誤差、望遠鏡の機械誤差、大気差を補正する機能などを採用することにより、精度の高い天体追尾を実現している。これらが一体で構築され、制御されることで高い精度が保たれている。
西村製作所が伝統的に培ってきた「職人的」ともいえる精度へのこだわりが、最先端のレーザー通信にも息づいているのである。
ドイツ式赤道儀
日本製赤道儀の大部分を占めるのがドイツ式。搭載した鏡筒との重量バランスを取るためにウエイトが必要。
東京大学
TAO プロジェクト
南米チリ、標高5,640mに設置されているminiTAO望遠鏡。口径1mで、近赤外線カメラによって、地上からは観測できなかった天の川銀河の中心部をとらえることに成功。また、中間赤外線カメラで世界で初めて波長38μの光を地上からとらえることにも成功した。
フォーク式赤道儀
フォーク式は、2本の腕で望遠鏡を支える形の天体望遠鏡架台。バランスウェイトが不要なのが最大の利点。
miniTAO望遠鏡の設置では、山頂の悪環境での作業を最小限に抑えるよう、事前に入念な動作テストを実施。山頂への輸送や組み立て工程を練り、万全の体制を整えた。山頂の気温は昼間0℃、夜間-10℃、高山病予防のために酸素吸入をしながらの作業となる。連日、標高2,600mのベースキャンプから3,000mの高低差がある天文台まで、車で2時間半も移動する過酷な現場であった。2009年に完成。
経緯儀
望遠鏡を鉛直および水平の2つの回転軸 (経度・緯度) で支える形の角度測定装置。水準器を備えており、天体の位置測定などに使用されている。赤道議に比べると、バランスが良く重量に耐えられ、より大型のものが載せられる。最近のモーターやパソコンなど、制御技術の発展によって、経緯儀が主流になっている。荒木望遠鏡やTAO望遠鏡も経緯儀。
京都産業大学 神山天文台 荒木望遠鏡
2010年に京都産業大学に設置された望遠鏡。学校創設者の荒木俊馬博士が宇宙物理学・天文学の研究者であったことから「荒木望遠鏡」と名付けられた。私立大学の望遠鏡としては、国内最大、口径1.3mの反射式望遠鏡 (完成時) 。
昭和初期の天体望遠鏡架台
昭和初期、赤道式の架台を自動的に動かすために、おもりと振り子による運転時計が使われた。その後、モーターが普及し望遠鏡の架台は電子的な制御へ発展する。